井無田 ゆりか 氏
DNX Ventures Principal
国際的な金融での経験を活かし、IPO前のスタートアップ企業にて経営管理の側面と人材育成や組織づくりの側面から貢献してきた。
現在は、これまでの経験を活かして、ベンチャーキャピタリストとしてアーリーステージのB2B SaaSスタートアップ支援にご活躍されている。
井無田ゆりかさんのスタートアップ支援に携わる想いや、ベンチャー投資の考え方、大企業とスタートアップとのコラボレーションのメリットなどについてお話を伺いました。
───最初に、これまでの井無田さんのキャリアについて、簡単にご紹介いただけますか。
井無田 10年間、JPモルガンで内部監査部と資産運用部に従事し、途中ニューヨーク本社での海外勤務もさせていただきました。その後、出産育児、そして、夫のアメリカ転勤の話があり、仕事を1回辞めて渡米し主婦を2年間やりました。その時、私は仕事が好きで、仕事がないと生きていけない性格なんだと気づいたという感じですね。帰国して、ビザスク(日本最大級のスポットコンサル)代表取締役 端羽英子氏と出会いました。当時のビザスクはまだアーリーフェーズで社員も10人ぐらいでした。当初は週3のパートタイムの仕事に応募するつもりでお会いしたところ、面接後に「週3のパートタイムか、事業部長か、どちらかでいかがですか?」と聞かれ、非常に驚きましたが、新しいチャレンジだったら、大変そうなほうを先に選ぼうと決めて、「事業部長をやります」と答えたのが私にとってキャリアの大きな転換だったかなと思います。いわゆるオフィスに出社して10時~17時まで勤務という働き方に縛られすぎずに、勤務時間やリモートなど働き方を調整しつつ自分の成果にコミットするというスタイルが、小さい子を持つ私には、結果的に良かったと思います。
ビザスクでは、JPモルガン時代に培った内部監査の経験を活かし、上場に向けたコンプライアンス統制構築や、10数名しかいなかった組織が数年で200人規模へグロースする過程での組織づくりなど、人的面でのマネジメントにも注力してきました。
ビザスクでの仕事がひと段落し、次のキャリアを考えていたところ、DNXとの出会いがありました。ベンチャーキャピタリストは未知の世界でしたが、DNX Venturesは、アーリーフェーズ、いわゆる10人ぐらいの立ち上げ期のスタートアップに投資をすることをメインとしており、これまでの自分の経験がすごく活きそうで、スタートアップ支援に貢献できるということでチャレンジすることを決めたという感じです。
結果的に、最初の会社で金融を経験し、次にスタートアップに行き、これまでの点と点が繋がって今ベンチャーキャピタル(VC)という仕事に辿り着いた感じだったんですよね。最初からVCというキャリアを描いていたわけじゃなかったのですが、ちゃんと自分のそのときそのときで得られる機会と、やり甲斐を持って楽しいと思える仕事を自分が一生懸命頑張った結果、それがうまく重なるような環境というのがおのずと機会として訪れて来るんだなというのを今感じています。
スタートアップへの投資判断ポイントは、ペインの「深さ」と「広さ」
───井無田さんの現在のお仕事の内容についてお聞かせいただけますか。
井無田 私の在籍しているDNX Venturesは、2011年から、テクノロジーによって産業に革新をもたらせられるようなBtoB向けのテック系スタートアップに投資を行うベンチャーキャピタルを行っています。現在、日本とアメリカを拠点にチームがおり、日本では15人ほどのメンバーがいます。
具体的な業務としては、投資候補となるスタートアップの発掘から、投資実行、投資後の様々な経営支援、顧客企業の紹介、資金調達やM&Aのような財務に関する相談など、かなり幅広い領域での支援を提供しています。
また、我々がスタートアップにご出資するためのファンドは、金融機関様や機関投資家様、事業会社様からご出資いただいており、我々を通してイノベーティブなスタートアップが日本で創られることへの期待を担っていると考えています。
───現在、投資先として注目されている事業はありますか。
井無田 我々はアーリーステージに投資をするVCですので、事業面で言えば、どの産業のどの部署の方がものすごく何かに困っていて(=ペイン)、その困り事がどれだけ深いのかという「ペインの質と深さ」を大事にしています。そして、そのペインが限られた企業固有のものなのか、それとも産業全体に当てはまるのかという「広がり」の軸も大事にしています。
1つ事例を挙げると、最近私がご出資したスタートアップに、サプライチェーンのリスク可視化のSaaSを提供するResilire(レジリア)という会社があります。製薬会社のペインとして、コロナ禍や自然災害、地政学リスクの増加等で、薬の原材料調達が今までのようにできなくなってしまった。毎日服薬が必要な方々に安定して薬が届けられなくなったわけです。製薬のサプライチェーンというのは、直接取引のある原材料メーカーの先にも2次、3次という取引先がいて、最終的な上流のサプライヤーがどこにいるのかがわからない。情報がないので、何らかの影響が発生していても気づくことができずに、サプライチェーンの寸断リスクを抱えています。レジリアは、そういった2次、3次のサプライヤーの繋がりをツリー形式でシステム上で可視化し、拠点地域もしくは原材料レベルで影響範囲を特定することが可能となるシステムを構築しています。地球の反対側で大きな災害があり、自分たちには関係ないと思っていた事象が、実は自社のサプライチェーンに大きな被害をもたらす可能性があるということがすぐにわかるわけです。そうすれば、在庫を押さえにいく、調達の代替先を考えるなど、打ち手を講じることができます。このペインは、製薬業界に限った話ではなく、サプライチェーンを擁した他の産業(製造業等)にも広がりを持つ可能性を持ったソリューションだと考えています。
───サプライヤーをシステムでつなぐのは、意外とありそうでなかったビジネスモデルですね。
そのようなイノベーティブなスタートアップを起業される方というのは、どういう視点を持っておられるのですか。
2つの起業マインドをシナジーさせる
井無田 イノベーションを起こす起業家=アントレプレナーには、いくつかタイプがあるように思っています。例えばレジリアの創業者のように、西日本豪雨でご自身が被災し、物資の供給が止まることの深刻さを目の当たりにした原体験が原動力になるケース。サプライチェーンの供給が滞ることで世の中の人が困る状態をテクノロジーで解決できないかという強い課題意識が、事業ビジョンに繋がっています。
他にも、世の中に新たな価値や事業を生み出すことに対する強い好奇心が原動力となっている場合もあります。いろいろな業界調査をして、アメリカで成功しているスタートアップなどもしっかり研究しながら、日本でも十分に大きな市場があり、そこでの勝ち筋を見いだし起業されるケースもあると思います。
どちらのパターンも強みがあります。前者であれば、視座の高さや掲げるビジョンが自身の原体験に基づいている分、途中で挫折したとしても、目指したビジョンを達成するまで諦めずに前進し続けるエネルギーが武器となる。
後者のパターンは、いかに世の中にインパクトのある収益性の高い事業をスピーディーに創っていくか、しっかりとタイミングを捉えて、セカンドプロダクト、サードプロダクトといった事業ポートフォリオを重ねる経営者としての力が発揮されることが多いように思います。
───両方が掛け算されるといい感じになりそうですね。
井無田 そうなんです。なので、我々も投資を検討する際には、その起業家の方が視座高くビジョン達成への強いモチベーションを持っているのか、インパクトのある事業創造に対し強い好奇心をもち経営者としての成長が期待できる方なのか、といった点を見極めるのも大事だと思っています。
大企業とスタートアップの積極的なコラボレーションを
───本誌の読者にはBtoC企業のマーケティング担当者が多いのですが、彼らがスタートアップとうまくコラボレーションしていくポイントは何でしょう。
井無田 私が今、日々接しているアーリーステージの起業家の方々は、BtoBのソフトウエアやテクノロジーを活用したプロダクトや事業を創ることに強みを持ちつつも、必ずしもマーケティングのバックグラウンドを持った方が多いわけではありません。長年培ったマーケティング力をアセットに持つ大企業とうまく協業していく道はあるようにと思います。
一般的に、BtoBのSaaSの場合には、プロダクトが一定立ち上がると、セールス&マーケティングに投資をしてスケールアップするステージに入りますが、スタートアップは基本的に世の中にない新しい価値を提供するため、潜在市場を探りながらマーケティングをすることが多いです。ですので、マーケティング経験のある方からインプットいただけるのはとてもありがたいですし、カンファレンスのようなイベント企画で大企業の方とご一緒できるのも良いと思います。また、BtoBのマーケティングとBtoCのそれとは違いますから、どういうキーワードで、どういうアプローチをすると効果的か、そういった検証の仕方もナレッジを提供いただけるのもありがたいと思います。
───大企業もベンチャーも経験されている井無田さんから見て、大企業とベンチャーとの大きな違いはありますか。お互いがそれぞれの強み、弱みを補い合えることも多いのではないかと感じますが、いかがでしょう。
井無田 前職で大企業の新規事業を支援するという案件にも関わりましたが、一番難しかったのは、スタートアップとの意思決定や物事を進めるスピード感が違うところでした。スタートアップ側が大企業の決裁が下りるまで待てずに、試みが頓挫するケースはままありました。逆に、うまくいったケースでは、大企業側のご担当の方が、社内で影響力を持って、他部門も巻き込みながらしっかりと前に進めてくださる推進力のあるキーマンだった場合です。
両方の組織のあり方の違いもあるのかなと思っています。VCから資金調達するようなスタートアップは、調達した資金をもとに運営を行なっていきますので、例えば18ヶ月の運転資金(ランウェイ)という限られた期間で成果を出していかなければならない危機感を持って動いています。その危機感を大企業側も理解したうえで、スピード感を意識して進めていただくことが大事だと思います。
逆に、スタートアップ側も、大企業の意思決定のメカニズムであったり、部門を跨いだ調整の難しさなど、大きな組織で前例のないことを進めることに対して何が必要なのかという視点が理解できていないこともあると思います。その部分は大企業側の担当者の方からしっかりとインプットくださると、双方のコラボレーションがより生まれやすくなると感じています。
───大企業にしても、スタートアップ企業の最先端の知識やスキルを生かしながら、すごいスピードで動かしていけるわけですよね。
井無田 そう思います。よくあるのは、大企業の方がDX化の取り組みで困りごとがあると、実績のあるシステムインテグレーターに開発を頼むというケースも多いと思うのですが、テクノロジー系のスタートアップには、自社では採用が難しいような優秀なエンジニアがいて、むしろイノベーティブな方法で自社のこれまでのやり方をアップデートすることができることもあります。スタートアップ側も、大企業が求める要件や前提となる業務フローや課題を理解することで、今後の開発に活かすことができる。これがwin-winの形だと思います。
あとは、世の中の潮流の変化で、これまでのコア事業では収益性を維持するのが難しく、大きな事業の転換をしないと生き残れないといったときに、スタートアップと一緒に組みながら、双方のアセットを活用して新しい技術やビジネスモデルを探すという視点を持っていただくのも、賢いやり方の一つかもしれません。
───大企業とベンチャーのコラボレーションによる新しいやり方ですよね。これからもっともっと加速していきそうですね。ありがとうございました。
(Interviewer:德田 治子 本誌編集委員)
井無田 ゆりか (いむた ゆりか) 氏
DNX Ventures Principal
慶應義塾大学法学部を卒業後、2003年にJPモルガン証券株式会社の内部監査部へ入社。日本およびNY本社にて、各国の法令遵守体制や、グローバルな金融オペレーションのガバナンス・管理体制に対する豊富な監査経験を擁する。その後、資産運用部門の経営戦略企画部マーケティング室で、投資ファンドのマーケティング業務に従事。2016年に株式会社ビザスクに参画し、執行役員として、スポットコンサル市場黎明期の事業開発、上場に向けたコンプライアンス統制構築、国内外の金融セクター向けの事業開発、米国企業買収後のPMIのPM担当およびコーポレートグループ担当など、幅広い業務に従事。2022年9月にDNX Venturesに参画。
One thought on “アーリーステージのスタートアップを育成し、日本の産業をアップデートする ──ベンチャーキャピタリストの視点から”
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