INTERVIEW


スタートアップとの共創でヘルスケア事業を立ち上げ


KDDIのオープンイノベーション志向

田口 健太 氏
KDDI株式会社 サービス・商品本部 シニアエキスパート

 近年、ヘルスケア事業をはじめ、さまざまなスタートアップや他業種企業との積極的な連携を図ろうとされているKDDI株式会社。成功事例の一つとして、個人の健康データ管理だけでなくオンライン診療やオンライン服薬指導も可能なアプリ「auウェルネス」の立ち上げに尽力された田口健太さんに、事業開発の背景や経緯、成功のポイントなどについてお話を伺いました。

掛け算の発想でヘルスケアを攻める

───最初に、これまでの田口さんのキャリアについて、簡単にご紹介いただけますか。

田口 私は、大学の頃は医療経済学を学んでいたのですが、次第に医療×経済、医療×ビジネスといった領域で引き続き仕事をしていきたいと思っていました。それで、初めに入社した野村総研(NRI)では、ヘルスケアのコンサルタントとして13年間やってきました。最後の2年間は、15名ほどのヘルスケア・グループのマネージャーを務めていました。ヘルスケア領域の仕事ですから、医療機器メーカーや製薬企業、官公庁とのお付き合いです。ヘルスケア領域に参入したいという新規プロジェクトのご支援や調査といった仕事です。
 2019年にはKDDIに移るのですが、その手前あたりから、私の専門は「医療×デジタル、IT」でした。ちょうど2016年くらいから急に、デジタル系のヘルスケアのスタートアップが次々に生まれ盛り上がってきて、新しい技術もできてきたので、これはおもしろいものが作れるのではないかと思っていました。ですからその頃は、コンサルではなくて事業をつくる側、事業会社側に行きたいなと思い、転職活動をしていました。

───コンサルではなく、事業側で事業をつくりたい想いで転職されたのですね。
田口さんの専門である「医療×デジタル」という着想はどこから生まれたのでしょう。

田口 先ほどお話ししたように、NRIではずっとヘルスケアの案件を追ってきたわけですが、入社時の段階ではヘルスケア部門は無かったのです。何もできていなかった。入社1年後の2007年にヘルスケアの部署がつくられたのですが、正直ヘルスケアの案件自体があまりない。そこからなんとか案件を増やしながらヘルスケア領域を広げていく活動をゼロからやれたという経験は印象的でした。
 実際、IT、デジテル分野の調査や研究プロジェクトに参加したり、リスクマネジメントのチームとコラボしたりと手探りしながらの毎日でした。その中の気づきとして、‟医療×災害”や“医療×IT”など「医療×○○」といった視点でテーマを広げていけるようになると、ヘルスケアのコンサルチームも少しずつ成長していける案件が増えていくのではないかと思い当たりました。別の言い方をすると、医療分野・ヘルスケア分野で、それなりの軸を立てられるのは何だろうかと考えたら、掛け算をしたほうがいいと思ったわけです。結果、案件も増えていき、ヘルスケア・グループのメンバーも10人超となりました。

───手掛けられたプロジェクトはどのような内容や規模感だったのでしょう。

田口 関わったクライアントの種類で言うと、製薬企業、医療機器メーカーはもちろんですが、ヘルスケア市場への参入をねらう非ヘルスケア会社も比較的多かったですね。特に、デジタルを使って新規参入したいといった案件が多かった感じです。
 印象的だったのは、某大企業さんの新規のデジタルヘルス事業企画を最初の企画段階から入っていき、事業開発やIT投資が決まり、結局2年弱で数億のプロジェクトに関わらせていただいたこともありました。

KDDIのオープンイノベーション

───NRIでチームを率い、いくつものプロジェクトを動かしていたわけですが、次のキャリアとして、KDDIを選ばれた理由は何だったのでしょう。

田口 ヘルスケア領域の事業を考える際には、例えば社会課題として高齢化が進み、医療介護費は膨らみ、しかし保険財政は限界だといったところをいかにバランスさせるかがカギだと思っています。
 その解決策として、デジタルを使って病院DXをしましょう、効率的に医療を供給できるようにしましょうというのはバランスさせる一つのやり方だと思うのですが、さらに重要なことは、「もっと個人を賢くしなきゃいけない」という点だと私はずっと思っていました。最近では、デジタルやAIも低コストで広範に活用できツールや技術も出てきましたので、もっと個人を賢くする側にチャレンジしたいなと考えていました。ですから、“個人接点の強い会社×デジタルが強い会社”がベストだと考え、通信キャリアを選んだわけです。

───KDDIでは最初、正社員ではなく3年契約の有期雇用だったとか。

田口 3年契約の嘱託契約でしたが、有期契約はちょっとチャレンジングな感じで単純におもしろそうだなと思ったのです。3年で取りあえずチャレンジするプロ社員的なおもしろさで刹那的に判断したように思います(笑)。

自分のやりたいことと、会社のソリューションの掛け算

───KDDIでは、どのようなチャレンジングをやってこられたのでしょう。

田口 KDDIという、すごく大きい会社でそれなりのプレゼンスあるヘルスケアの事業ドメインをつくるには、まず、大きい絵を描き直さないといけないと思いましたので、あらためて戦略、構想をゼロから書くところから始めました。
 書いた絵は結構シンプルで、「個人を賢くしていきましょう」ということです。まさに日常の生活の中の健康増進、予防もそうだし、医療までもちゃんとサポートしていけるような賢い体験を個人が選べるようなサービスをつくっていくべきいうのが一番初めに描いたミッションでした。特にこだわったのは、‟医療まで”という点です。医療まで持っていかないとマネタイズが絶対できないのです。その絵を実際に実現するための一歩目は、ポータルとなるスマホアプリの開発でした。開発投資を上程、承認をもらって、「auウェルネス」をリリースしたのが2020年11月になります。
 実は同時に(同じ月に)、もう1個のアプリ「ポケットヘルスケア」を立ち上げています。「auウェルネス」が基本軸のサービスなのですが、まずはヘルスケアでも入りやすい健康増進側のアプリでした。医療側につながる機能を持った実証用のアプリ「ポケットヘルスケア」を並行して別途作って、「auウェルネス」とつなげていけば、健康から医療までが一気通貫で早くつくれるかなと思って、同時に2つのアプリを立ち上げたわけです。
 余談になりますが、後者の実証のアプリは、同じようなものを2個作ってどうするんだと突っ込まれますので、事業投資の予算ではなく、いわゆる研究開発系の予算でつくったのです。都合の良いことに、東京都で同様の新しいアプリを使った実証事業がありましたので、そこに応募するかたちで研究開発費を獲得しました。大企業だからできることかもしれませんが、自らの事業投資の予算をしっかり取りにいくのは当然ですが、社内の別部門や社外のお金も同時に野心的にねらいにいくことは、取り組むプロジェクトの規模を上げるという意味でも、時間を早めるスピード感という意味でもすごくチャレンジする意味があったと気づいたのは大きかったと思います。

───社外というお話が出ましたが、KDDIが取り組んでいるPharmaXへのスタートアップ投資やファストドクターとの協働などについてもお伺いできますか。

田口 最初の動きとしては、まずアプリを入口として、会員基盤として、アプリの中でオンライン診療が受けられるようになりました、予約できますといったところから始まっていったのですが、アプリの月額料金だけでお金を稼ぐことはできない。オンラインの薬局で薬を売ること自体に参入していかないと会社の規模に堪えられないのです。ですので、数十兆円もある市場を抱える医療系のサービスに参入していけるようなパートナーと組んで一緒にサービスをつくることに並行してチャレンジしたということです。
 もちろん、正面から事業投資をしてもいいのですが、ちょうどスタートアップと組む際に、会社にCVC(Corporate Venture Capital)がありましたので、それを活用して、医療系のパートナーとしてファストドクターさんやPharmaXさんに出資をして、一緒にサービスをつくろうとなったわけです。一緒に育て合う事業としてオンライン診療やオンライン薬局に取り組んだのですが、幸い、どちらも順調に成長していますし、今後も引き続き伸ばしていかなければならないとすごく思っています。

───KDDIさんが他社と積極的に協働されて成功されている理由とは何でしょう。

田口 KDDIは、新規の事業にトライする意識が高い会社だと思います。それはCVCでもそうですが、スタートアップと協業して新しいものをつくっていこうというマインドはすごく高い会社です。オープンイノベーションがすごく評価されているのです。そのあたりが成功事例を増やしている理由の一つではないでしょうか。なので、ビジネスパートナーとしてKDDIがauの顧客基盤を活用しながら、スタートアップの事業を成長させていく、一緒に成長していくかたちが、より大きな成長につながっていると感じます。

ワクワク感とスピード感のある仕事を

───田口さんのこれまでのキャリアや経験をいかしながら、今後どのような形で何をやっていきたいとお考えですか。これから2~3年先のキャリアイメージがあればお聞きかせください。

田口 ヘルスケアをめぐる課題は、今後も例えば、高齢化、医療・介護費の増大、人手不足といった点は変わらないでしょう。そこに対してデジタル技術やKDDIのケイパビリティを使った新しい付加価値をつくっていくということを引き続きやっていきたいと思っています。それを表現するサービスや事業が、医療、オンライン診療、薬局であるのか、(KDDIが経営参画した)ローソンのような新しい事業アセットとの連携なのか、いろいろと選択肢は多いと思うのですが、取るべき選択肢と掛け算をしながら、ヘルスケア課題の解決につながる新しいものをつくるチャレンジを続けたいと思います。
 私は、意外に瞬間的なそのときの、今楽しいのは何だろう、ワクワクするのは何だろうということを重視してしまう人間のようです。そのチャレンジを、どのようなポストでどの場所でやるのかについては、一番ワクワクするところでやりたいとすごく思っています。おもしろい、筋のいいスタートアップが出てきたときは、そことCVCで一緒にやることももちろんあると思いますし。

───ワクワク感を非常に大事にされながら、ご自身のキャリアを進めていきたいということですね。

田口 そうですね。ワクワク感を大事にする意味でも、スピード感はすごく重要だと思っています。自分自身の裁量権のスピード感をしっかりと承認してくれるような環境があるのなら、新規事業自体の開発にもチャレンジしたいです。ほかの会社さんも含めてそういう機会が増えてくると、日本全体が良くなるのではないでしょうか。

───本日はありがとうございました。

(Interviewer:德田 治子 本誌編集委員)

田口 健太 (たぐち けんた)氏
KDDI株式会社 サービス・商品本部 シニアエキスパート

2006年、一橋大学大学院 経済学研究科修了。2006年、株式会社野村総合研究所入社、 ヘルスケア領域を中心に官公庁・民間企業で多数のプロジェクトに従事。2019年、KDDI株式会社にヘルスケア領域の事業開発責任を負う担当部長として入社。事業構想の策定から始めヘルスケア事業開発を推進。2022年4月よりシニアエキスパートに就任。
一橋大学大学院 非常勤講師、PHRサービス事業協会 会計監事。

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