松風里栄子 氏
本誌副編集委員長
Half the Sky
中国には誰でも知っている「空の半分は女性が支える(Women hold up half the sky)」という毛沢東の言葉があります。実際にビジネス界における中国人女性の存在感は突出し、例えば、フーゲワーフ研究院の「女性起業家富豪世界ランキング2023年」によると、上位10人のうち7人が中国人でした。また資産10億ドル以上を所有する、(自ら起業した)世界の女性起業家富豪109人のうち、実に65人が中国人女性で60%を占める結果となっています。次に続くのはアメリカ人女性で23人、イギリス人女性が5人、日本はゼロでした。日本は起業家のみならず、女性管理職比率、取締役比率でも、国自体の経済の大きさに比して諸外国に大きな後れを取り、政府と企業の取組に焦りが感じられます。
男女雇用機会均等法の施行から30年以上が経過、2015年には女性活躍推進法が成立、2019年に改正され、101人以上の従業員を持つ事業主による女性活躍状況の把握、目標設定、行動計画等の公表が義務付けられました。企業側でも人財多様化の重要な指標として女性管理職比率を掲げています。上場企業に対する機関投資家、議決権行使助言会社も取締役会において女性がいない、あるいは女性役員比率が低い企業には反対票が投じられるようになりました。それなのに、なお実態としてビジネス界における女性の存在感が低い状況が依然として変わりません。日本の「Half the sky」はいったい誰が支えているのでしょうか。
基盤の枠組みはどうか
内閣府男女共同参画局の発表資料によると、女性活躍推進法の意義について以下の記載があります(一部抜粋)。
「男女雇用機会均等法の施行から30年が経過し,法制度の整備は大きく進展したが,なお実態面での男女の格差は残っている状況にある。(中略)女性の就業率は,近年,大きく上昇したものの,就業する女性に比して,管理的職業に就く女性の数が欧米諸国等に比べ低い水準となっている。働く場面において女性の力が十分に発揮されているとはいえない状況であり,働くことを希望する女性が,その希望に応じた働き方を実現できるように社会全体として取り組むことが重要である。(中略)
女性の職業生活における活躍の推進に関する基本方針(平成27年9月25日閣議決定)において,「働きたいという希望を持ちつつも働いていない女性や職場でステップアップしたいと希望する女性等,自らの意思によって働き又働こうとする女性が,その思いを叶えることができる社会,ひいては,男女が共に,多様な生き方,働き方を実現でき,それにより,ゆとりがある豊かで活力あふれる,生産性が高く持続可能な社会の実現」を目指すとされている。
このような意義の元、就業分野における女性活躍推進は企業の自主性に委ねるだけでなく、その取り組みを「見える化」して市場を通じたモニタリングを働かせることが、女性活躍推進法の特徴となっています。
まだまだ各国に様々な偏見や男社会に深く根付いた慣習がある中、DEI(ダイバーシティ、エクイティ、インクルージョン)の概念のように、多様な人々に公平にチャンスがある社会風土を作ることは重要であり、女性活躍推進法も、働き方において、このDEIを実現する取り組みであります。それでもやはり根付いたカルチャーをかえるのは容易ではなく、ヨーロッパの国々における女性議員数増のようにクォータ制(性別を基準に女性または両性の比率を割り当てる制度)を導入するという選択肢は現状打破の有力な選択肢と言えるでしょう。ですが、果たしてこれがDEIなのかという議論もあります。つまるところ働くこと、仕事をするということは、一人の個人としてどのように生きるか、「who you want to be」(あなたは誰になりたいのか)と大いに重なるのではないでしょうか。社会人としてのキャリアや働き方は自分で設計するということが大前提になります。全てが設計通り、希望通りにいくわけなどありません。そんな中で人間としてどのように自分がおかれた環境や自分自身に対峙していくか、これはまさに生き方そのものであると思うのです。
個として生きる
本特集では、起業家だけではなく、会社という組織の中で自らキャリアを築き、新たな挑戦や市場創造に挑んでいる方も紹介しています。共通しているのは、自分が何をやりたいのか、という軸をお持ちだということです。時代環境や組織の中の自分だけにとらわれず、社会人としてのキャリアや働き方は自分で設計するという意思を常に持っていたいと思います。私は企業で働くことから社会人人生をはじめ、起業し、また別の企業に属するという過程を経てきました。今振り返ると結構な「壁」の存在を経験してきたと思う一方、企業や組織で働くからこそのダイナミズム、刺激、そして成長の機会も数多くいただきました。また起業して仲間を募るとき、あるいは企業とは違うレベルの、個人にのしかかってくるアップダウンを経験し、自分は何をやりたかったのかと都度振り返ってきました。そんな中でコーチングに出会い、コーチとしての資格を取るトレーニングを数年にわたり受けました。それは自分の価値観や人生の目的を改めて考える機会でもありました。キャリアや人生で迷ったときには、自分自身の価値観に立ち返る。それは、「価値観に合わないが経済的に、あるいは社会的に魅力的なほかの選択肢(実はこれがよくある状況なのですが)を捨てる」ことでもあり、勇気が要るし、不安定な状況と対峙する中で「個」として少しずつ軸ができてきたように感じています。
とは言え、会社員でも起業家、あるいは自営業やフリーランサーでも、人と人との関係性の上に仕事が成り立つことは変わりません。「個として生きる」と思うからこそ、人間関係の尊さやチームビルディングの大切さをより強く実感できるような気がします。私自身も、企業の一員であった時代から、「個人としての意思」を意識したキャリアへと考えや経験が変化していく中で、逆に企業や組織に与えてもらったチャンスに対する感謝の気持ちが大きくなりました。一員として働いていた若い頃は文句ばかり言っていたのですが。
日本の企業の中で女性のメンターを引き受ける、あるいはコーチングをする機会もありますが、歴史ある伝統的な企業にお勤めの方に、自分が今努めている会社という枠組みの中でだけキャリア設計を考えておられるケースが多いことに驚きます。現状に不満はいっぱいある、でも転職が不安、起業は自分からは遠い世界の話、安定が重要、というマインドセットが、これは男女問わず非常に多いように感じます。もしかすると長年日本に根付いてきた終身雇用制度が、コンフォートゾーン(慣れ親しんでいてストレスや不安を感じずに過ごせる、心理的な安全領域)から出る気持ちを削いでしまっているのではないか、と思えてなりません。一旦就職すると安定的に居場所が保証されるシステム、これが企業側、雇用される側双方の持たれあいを生んでいることも一つの事実だと思います。
未経験の分野にチャレンジする、キャリアチェンジする、いずれも不安をともなうものですが、リスクをとらず現状を続けることの「リスク」があることも事実だと思うのです。リスクも充実も含めて自分自身の人生の責任は自分で持つしかなく、「個」として自立したキャリアを重ねていきたいと思っています。