INTERVIEW


人の力を引き出す投資

功能 聡子  氏
NPO法人ARUN Seed  代表理事/ファウンダー
民間イニシアチブ 「がんアライ部」代表発起人

 功能さんは社会的インパクト投資のパイオニアで、その活動の幅は原点であるカンボジアからインド、インドネシア、エチオピアと広がっています。その立ち上げまでの苦労はもちろん、本インタビューでは人間として常にもがきながら、悩みながら、ご自身の信念に立ち戻ってきていらっしゃるストーリーを聞かせていただきました。

社会的投資に出会う、広める

───功能さんはカンボジア、インド、インドネシアといった国々で社会的投資に携わっていらっしゃいますが、新興国での活動に興味を持たれたきっかけを伺えますか。

功能 中学生のときに、ネパールで医療活動をやられている方が学校で講演されました。非常に興味深く話を聞き、そういう生き方がしたいと思っていました。
 社会人になってからNGOの駐在員、JICAの仕事でカンボジアに行き、計10年いました。

───ARUN設立のきっかけは何だったのでしょうか。

功能 カンボジアでの10年間の国際協力活動で感じた、一方通行の「援助」への違和感と、人が本来持っている力をもっと引き出して社会を変える方法があるのではないか、という思いから、社会的投資に関心を持つようになりました。単に資金援助ではなく、投資する側もリスクをとって起業家の挑戦に参画することで、共に新しい社会をつくる関係性が築けるのではないか、と思ったからです。
 その後、カンボジアでの活動に一区切りをつけて留学したイギリスで、ビジネスを通した社会課題解決と社会的投資に関心を持つクラスメイトと出会いました。社会的投資のことを当時深く知っていたわけではないのですが、米国NPOのインターンに一緒に応募、結果として二人とも落ちたのですが、お互いに社会的投資に関心を持っていることがわかりました。日本に戻ってきてから、外資系コンサルティングファーム出身の彼女と共にプロポーザルを書き、助成金に応募して落ちたりしながら、会う人会う人に話をして仲間を募っていきました。
 当時、日本の国内では社会的投資はほとんど知られていなくて、それでもNPOバンクという言い方で、市民が社会活動に融資をする、ということをやっている人たちがいました。彼らの集まりに行ってヒアリングをしたり、ヨーロッパにも視察に行ったりして、これはおもしろいという気持ちが募りました。
 ARUN設立の直接のきっかけは、カンボジア駐在時から知っていた尊敬するカンボジア人起業家から具体的な支援の要請があったことで、以来、ずっと起業家の声が私たちの活動の原動力になっています。

人を集める、資金を集める

───社会的投資という概念がまだ無い中での立ち上げは、啓蒙活動とビジネス構築双方が必要で、とても大変だったと想像します。

功能 2007年から日本で準備をはじめ、2009年にARUNを立ち上げたのですが、一番大変だったのは資金調達ですね。お金が集まらないというところが大変だった。

───それは投資対象として新興国のスタートアップがまったく視野に入っていなかったのか、それとも儲からないイメージがあったのか、どのように感じられましたか。

功能 どちらも当てはまると思います。前例がないとか、やったことがないというのも当然ありますよね。あとは、それは寄付じゃないのか?とか。当時ESG投資(環境・社会・ガバナンスを評価する投資)とか、社会的投資的なマインドセットはまったくなかったですね。シンクタンクや研究者は別ですが、事業家や金融の方には、社会的投資がビジネスになるという意識は全くありませんでした。
 私としても経営も金融も素人だったので、試行錯誤の連続でした。設立当初は社会的投資の認知度を上げて理解者を増やすことに奔走し、どうしたら説得力のあるビジネスモデルになるかをチームで必死に考えました。
 徐々に、実績も知名度もない私たちのチームに、若く優秀なビジネスパーソンや金融のプロフェッショナル、弁護士などが加わって活動をゼロから一緒に作ってくれ、本当に勇気づけられました。

───そのとき、具体的にどのプロジェクトに投資するか、というのは見えていたのですか。

功能 設立の直接のきっかけになったカンボジアの生態系農業が対象でした。エコロジカルアグリカルチャーの事業で、私は起業家も事業自体も知っていたので、ここにお金が付いたときにどうなっていくか、という図をクリアに思い描くことができました。お金を出したときに、どこにどんな効果があるのかが見える形だったというのは、周囲の理解を得やすかったのかもしれないですね。

───今はその生態系農業はどのような状況なのでしょうか。

功能 その事業は、実は思ったような展開には全然なりませんでした。私が思い描いていたのはバングラデシュの事例です。バングラデシュが独立直後に非常に混乱していたときにNGOが2つできました。1つがグラミンバンクで、もう1つがBRAC(ブラック)です。BRACは今世界最大のNGOとも言われていますが、ここの大きくなり方、社会活動を行い、次第にブランチアウトしていってソーシャルビジネスも生み出して、印刷会社、ハンディクラフトなどNGOの社会活動からつながる様々なビジネスを生み出されたのです。カンボジアもそうなるのではないかなと私は思ったのですが、そうはならず、基本的には生態系農業の事業、お米の流通事業をやっています。

───概念的にも事業的にもまさにゼロからの立ち上げで、苦労もうかがいましたが、予想以上に良かったことはありましたか。

功能 人が集まってくれたことですね。誰もやっていないというわけではないですが、新しいことにチャレンジするというときのボーナスみたいなものかなと思いますね。本当にすばらしい方が集まってくださって、助けてくださったし、そこからの学びや喜びがすごくありました。
 ただそうこうするうちにプレーヤーが増えて、いつの間にかトップバッターではなくなっていたのです。じゃあ、どうするか?設立当初は明確だったはずの存在意義そのものが問われるようになり、他者と比較され、自分でも他者が気になるようになり、楽しくなくなったのです。

失意の中で

───ご自身の中でのモメンタム(勢い)にストップがかかってしまったのですね。

功能 並行して、個人的には、パートナーが肺がんステージ4と診断され7年間の闘病生活の後に亡くなったことも大きく影響しました。想像以上にダメージを受けていたようで、喪失感と後悔と無力感に苛まれたのです。しかし、事業を続けなくてはいけない、成功するまでは辞められないという気持ちが強く、表向きは平静を装っていたと思います。「事業を立ち上げましょう、一緒にやりましょう」と言っている本人がとてつもない無力感に陥っているなんて、とても言えないですよね。苦しくても動いて、いろいろな人に会うことで、組織も、自分の内面も少しずつ風通しが良くなってきたような気がします。うまくいかないときほど、滞留しない、澱まない状況をいかに作るかが大切だと感じました。そうは言っても、この行き詰った状態は結構長く続いて、実はようやく最近抜け出せたように感じています。長い間本当にいろいろな人に助けてもらったことに感謝しています。
 振り返ると、ある意味「やっぱりこうすべき」ということにすごく囚われてしまう自分がいました。そこから常に自由になりたいと思っていますが。ARUNの事業は最初は理解もまったくなかったので、社会的投資という金融のあり方が存在するということをわかってもらいたい、認めさせたいという気持ちが強かったです。そうすると、今の金融システムの中で機能する仕組みをつくらなければいけない、とすごく思っていたのですよ。
 でも、他の人も社会的投資をするようになり、機関投資家も社会的投資と言うようになったので、私が無理して証明しなくてもよくなりました。それなのに、「金融の人に認められる」というこだわりがずっとありました。それを捨てよう、もう辞めてもいいと思ったときに、「じゃあ、自分は本当に何をやりたかったのか」、というところへ立ち返ったのです。 
 自分たちに求められていることは何だろうというものをもう1回、フラットに考えられるようになったという感じですかね。

自分自身の可能性

───ARUNを通して実現したいことは何でしょう。

功能 「地球上のどこに生まれた人も一人ひとりの才能を発揮できる世界」です。
 すべての人に、人間にははかり知れない何か、天分ともいうべきものがあり、無限の可能性があると信じています。それが十分に生かされ、一人ひとりの良さを分かち合える社会をつくりたい。人だけでなく、地球上の生きとし生けるもの、自然と共に生きる社会をつくりたいと思っています。
 カンボジアで私が出会った農民の人たちみたいに、自分たちの農業のやり方が変わり、自分たちの農業をマネージできるようになって、そこで収量が上がり、売ったものが喜ばれる。経済だけが目的ではないですが、経済も回ることで人間の意識や喜び、自信や充足感みたいなものが変わることをすごく感じました。その支援がもっとできるのではないかと思っています。

───自分の境遇は外的にどうしようもないこともあったりしますが、自分でも気づいていない内なる力を呼び起こすような活動をしていらっしゃる、と感じました。今後のキャリア、人生をどう創っていきたいと思われますか。

功能 大学時代の恩師が年賀状に次のような言葉を書いて送ってくださいました。

“After you’ve done a thing the same way for two years, look it over carefully. After five years, look at it with suspicion. And after ten years, throw it away and start all over.” Alfred Edward Perlman, Railroad executive

「同じことを2年間続けたら、注意深く見直してください。 5年経ったら、疑いの目で見てください。そして10年経ったら、それを捨てて最初からやり直してください。」(アルフレッド・エドワード・パールマン、鉄道幹部)

 これをいただいたときは、自分のこだわりにまだしがみついていたときでした。だから、すごくグサッときました。リタイア後でご高齢なのにこんな風に言える恩師に感銘を受けました。私も、好奇心を持ち続け、日々新たに生きる毎日を送りたいと思います。具体的には、人と自然の共生がこれからのテーマで、それを実現する生き方、事業の方向性を探っていきたいと考えています。

───ありがとうございました。人間性あふれるお話に、読者も勇気づけられると思いました。

(Interviewer:松風 里栄子 本誌編集委員)

社会的投資:社会課題を解決しながら(社会的リターン)、経済的な利益(経済的リターン)も生み出す投資手法です。 資金提供者である投資家・寄付者と課題解決に取り組む起業家を社会的投資機関がつなぎ、社会的インパクトと経済的リターンの創出を目指します。

功能 聡子(こうの さとこ)
NPO法人ARUN Seed  代表理事/ファウンダー
民間イニシアチブ 「がんアライ部」代表発起人

国際基督教大学、ロンドン政治経済大学院卒。民間企業、アジア学院を経て1995年より10年間カンボジアに在住。NGO、JICA、世界銀行などの業務を通して、復興・開発支援に携わる。2009年にARUNを設立。日本発のグローバルな社会的投資プラットフォーム構築を目指して活動している。また、2017年より、がんと就労の問題に取り組む民間イニシアチブ「がんアライ部」の共同代表発起人も務めている。