INTERVIEW


気候変動にテクノロジーで挑む

Maya Hari
Terrascope Pte Ltd. CEO

 高成長のデジタル企業やテクノロジー企業の幹部としてキャリアを築いてきたMaya Hari氏が、GHG(温室効果ガス)排出量算定をベースに企業の脱炭素を支援するスタートアップのCEOに転向しました。彼女との出会いはサステイナビリティ関連のカンファレンス。その後シンガポールで、東京で会うたびに刺激をもらっています。社会課題を解決するテクノロジー企業をリードする彼女は、女性リーダーのハブでもあります。

パーパス、スキル、
パッションの融合

───Terrascope CEO就任までのストーリーを教えてください。

Maya 私は、以前から個人的なレベルで環境問題について考えてきました。娘が8歳のときに学校から帰ってきて、環境が悪化していること、将来自分の住む世界がなくなってしまうことにとても憤慨していたのです。そこでささやかですが、植物を近隣のコミュニティに贈るガーデニングを娘と一緒に始めたのです。数か月後には、たくさんのアーバンファーミング(Urban Farming:都市型農業)、例えば屋上での農園やコミュニティ農園を手掛けることになりました。
 自分で食べ物を育てる運動に参加するようになり、私自身が食料システムや農業システムを、(大規模農業とは対照的に)小さなステップでより持続可能なものにしよう、というコンセプトに深く感化されるようになりました。そしてインターン投資家として、フード&アグリ・テック・エコシステムの多くの企業に投資を始めました。これが、サステナビリティについてより深く考えるきっかけとなりました。当時、私はいくつかの企業の役員をしていたのですが、それら取締役会での活動でサステナビリティ委員会をリードするようになり、最終的にはこの情熱を本業にすることになったのです。
 社会人としてのキャリアでいうと、Terrascope設立までの20年間、Google、Samsung、Microsoft、Twitterといった企業で、デジタルとテクノロジーの最先端分野に携わってきました。ある時点で、テクノロジーはスケールの大きな問題解決に多くの利益をもたらすことが明らかになりました。しかし、現代における最大の存続課題は気候変動との戦いです。
 最初は個人的な情熱で、気候変動を家族で解決することで子どもたちがもっと安心感を得られるようにしたいと思っていました。しかし、徐々に使命感が生まれた中で、Terrascopeに出会ったのです。サステナビリティと私の技術的知識、そして、この分野における情熱を結びつける完璧な試みだと感じたのです。

───Terrascopeとの出会いはどのように訪れたのですか。

Maya 出会いはBCG(ボストン コンサルティング グループ)からでした。BCGはOlam社(シンガポールに本拠を置く農産物商社)から受注したプロジェクトとして、Terrascopeというベンチャー企業をインキュベートしていました。BCGのパートナーの何人かは、一緒にいくつかの企業に投資していたので知っていましたし、エンジェル投資家として、私たちはともに気候変動にとても情熱を持っていました。そんなつながりの中で、「インキュベート中のベンチャーがあるので、是非メンバーと話をしないか?」ということになりました。

───Mayaさんのキャリアと人生の目的が、ここで一致したというような仕事をしていると聞こえました。

Maya 私は、目的と利益を両立させたいという願望に突き動かされてきました。意義のあるテクノロジー企業を築き、その過程で大企業が気候問題の解決に貢献するのを支援することに、恥じることなく野心的になることです。私は、機械学習やAIといった最先端のテクノロジーと、それを有意義な方法で活用することに情熱を注いでいます。Terrascopeと私が行う仕事を通じて社会にインパクトを与えたいのです。

───とはいえ、今まで全て順風満帆ではなかったとも想像します。キャリアにおいてどのようなバリアがあり、乗越えてこられたのでしょうか。

Maya 女性リーダーとして、また2児の母として、さらにテクノロジー企業のCEOである配偶者を持つ私にとって、人生は常に多忙でやりくりが大変でした。
 その中でもしばしば直面してきた壁は、周囲の人たちが、「私が家族やプライベートな活動など多くのこととバランスを取りながら、それでも仕事を成功させることができるか?」という点を疑問視していることでした。
 この周囲の目を打破するための私のアプローチは、自分の人生のこれらの部分をどのようにバランスさせるつもりなのかについて、また、直面するかもしれない困難な時期について、周囲の人々にとてもオープンに話すことでした。オープンにすることで、一緒に働いていた同僚たちからの私に対する懸念や、彼らの心の中にある偏見に対処し、否定するのに役立ったと思います。

スタートアップの
人財探索

───疑念や偏見というものは、明確に言葉にされないことがほとんどですので、それに対して「オープンに話す」というアプローチは、大胆でMayaさんらしいですね。別の観点ですが、あるいはほとんどゼロの状態からチームを作り上げることも、様々な壁や困難があったと思いますが。

Maya Terrascopeに入社したとき、私は創業メンバー3人のうちの一人でした。目的と利益をトレードオフにする必要のない会社が実際に存在することを人々に伝えることができたのは、とても興味深い経験でした。私はグローバル・ビッグ・テック(GAFAMのような世界的IT企業)で働いてきたので、その分野で素晴らしい人財がどんな人であるかはわかっていました。ですから最初の数人の社員を入社させるのに、本当に苦労しました。素晴らしい人財は、“パーパスやミッションに合致ながら、仕事として目指すべきところ”をわかっています。でもスタートアップのごく初期に、自ら腕まくりして雑務を厭わずこなす姿勢も必要です。これを両立させる人財を見つけるのは非常に困難で、忍耐が必要でした。スタートアップはスピードも重視されますからね。しかし、業界のある人が、「採用時に完全に納得できなければ、少しでも疑問があれば、どれほど才能のある人でもノーと言いなさい」と私にアドバイスしてくれました。
 これが私の最大の挑戦でした。目指すべき姿がどういうものかを知っていて、なおかつスタートアップで腕まくりをしてくれる人、さらに環境に関心と問題意識のある人。この3つが必要だったのです。

───なるほど。一方、TerrascopeはOlamグループのコーポレートベンチャーです。OlamグループがTerrascopeに人財を派遣するということはなかったのでしょうか。

Maya Olamグループと私が初期段階から合意していたのは、Terrascopeをスタートアップとして運営するということでした。そのためには、Olamのコアビジネスとは一定の距離を置いた企業である必要があります。ですから、Olam(OlamはTerrascopeの顧客でもある)の経験から多くを学び続ける一方で、人財そのものは外部の業界から調達しました。特に、2つの異なる分野から人財を集めることに注力しました。ひとつは技術系の人財。そしてもうひとつは、サステナビリティの人財です。この2つのタイプの才能は、Olamとまったく異なる業界に存在しているため、外部から連れてくる必要があったのです。Olamにはスタートアップの初期に多くの学びをもらいましたが、人財を取り入れるという点では、私たちは完全に独自にやっていました。

野心を持ち、
助けを求める

───パイオニアシップという点で、企業、そして女性に何を期待していますか。

Maya 企業におけるリーダーシップのモデルは、前時代と現代では大きく変化しています。企業は社会の重要な要素であると同時に、変化の原動力でもあります。私は、企業が単に雇用を創出するだけでなく、多様性や環境への配慮など、社会を形成する役割を果たすことを期待しています。企業には、強いビジネスを構築しながら、明日の社会を形成するという両方のチャンスがあると思います。2つのどちらかを選択するのではなく、両立していってほしいですね。
 また、女性は素晴らしいリーダー、取締役、創業者になれること、成功するために自分自身の強みとリーダーシップ・スタイルを発揮できることを世界に示し始めています。女性リーダーたちが仕事と私生活のあらゆる側面に品格を持ち、取り組んでいる姿には刺激を受けます。女性リーダーを支える2つの要素が重要です。ひとつは、女性リーダーが自らの分野や業績において(遠慮せず)「もっと野心的になって良い」と自分自身に許すことです。もうひとつは、先駆的なリーダーになる機会をナビゲートしてくれる、メンターや、友人、味方のコミュニティがあることです。

───Mayaさんにはどのようなコミュニティやメンターがいますか。

Maya 私は、男女の違いを感じずに仕事をする機会に恵まれました。Twitter社で一緒に働いていたあるリーダーは、私のキャリアを築く上で本当に素晴らしい相談相手でした。本当の意味で対等に扱われることは、ある意味とても力になりましたね。
 もうひとつは、私の女性CEOのコミュニティで、長年女性CEOや女性役員のコミュニティを組織的に築いてきたのですが、これは私にとって本当に支えになっています。一例ですが、私はハーバード・ウーマン・オン・ボード・グループに参加しています。Terrascopeでの私の役割と同じような困難や喜びを乗り越えている創業者やCEOたちです。実は、私は人に助けを求めることが苦手なのですが、このようなコミュニティは、私に助けを求める練習をさせてくれる心理的に安全な場所でもあります。

───Mayaさんのこの先、どんなキャリアを築いていきたいですか。

Maya Terrascopeでは、エンドツーエンドの脱炭素化の旅路にある企業を支援するテクノロジーを構築する数年、数十年の旅を始めたばかりです。この物語はまだ始まったばかりで、楽しみなマイルストーンがたくさんあります。Terrascopeに対する私のビジョンは、世界中の大企業と協力し、二酸化炭素排出量の測定、削減、報告を支援すると同時に、より環境に配慮した製品やサービスの改革を可能にする、アジア発のグローバル・テクノロジー・カンパニーの構築を支援することです。私の旅はまだ始まったばかりです。

───ありがとうございました。

(Interviewer:松風 里栄子 本誌編集委員)

Terrascope(テラスコープ)社は、シンガポールに本拠を置く農業総合商社のOlam・インターナショナルグループ傘下のSaaSベンダー。Olamグループが過去10年間にわたり蓄積した農業サプライチェーンのノウハウを基に、2022年6月に設立され、現在日本を含む数か国に拠点がある。主に食品・農業、消費財、テクノロジー業界を顧客ターゲットに、SaaS型の脱炭素化支援プラットフォーム「Terrascope」を提供して、脱炭素/ネットゼロ実現への取り組みを支援する。

Maya Hari(マヤ・ハリー)氏
Terrascope Pte Ltd. CEO 

Twitterで7年間、グローバル戦略担当副社長やアジア太平洋事業のマネージングディレクターなどを務め、その後も、Google、Microsoft、Ciscoなどの世界的企業でモバイル、コンシューマー、ソーシャルビジネスにかかわってきた。高成長を遂げているデジタルおよびテクノロジー企業のグローバルリーダーのひとり。