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前回見てきたように創造的思考のプロセスを時系列でとらえる代表的なものが、創造的思考の4段階説と言われるものです(図1)。第1段階は「収集」と「試行段階」が並列にあります。前回特に注目したのが、第2段階の「あたため」から第3段階の「閃き(ひらめき)」に至る過程です。
心理学や認知科学をはじめ多くの分野で広く採用されている、この4段階説のルーツは、実は1920年代に発表されたイギリス心理学者G・ワラス(1)の『思考の技法』の中で展開されたものです。
ヤングの5段階説
これに対してマーケティングや広告などの業界でよく知られているのが、ヤング(2)の創造的思考の5段階説です(図2)。皆さんも一度は目にしたことがあるヤングの『アイデアのつくり方』の中で展開されたものです。ワラスの「準備-培養-発現-検証」という4段階説に対して、ヤングは「収集-消化-孵化期-誕生-具体化/展開」という5段階説を唱えました。図2にあるように、それぞれ準備=収集と消化、培養=孵化期、発現=誕生、検証=具体化/展開と表現は異なっていますが内容的にそれぞれ相応していることがわかります。
もともとヤングの5段階説は、『アイデアのつくり方』の中で紹介しているようにワラスの4段階説をヒントに発展させたものです。その大きな特徴は、4段階説では出てこない「消化」という段階を独立して第2段階に位置づけ、全体で5段階説としたことです。
独立した「消化」の段階の意味
課題に対する新しい見方やアイデアを考える時に、まず私たちが行うのが、関連する資料や情報を収集することです。4段階説の基本となったワラスの「準備段階」は、後に心理学や認知科学の4段階説では「試行段階/収集」と呼ばれるようになり、集めた資料や情報を使ってあれこれ取り込んで試行する段階を指します。
この段階は収集した資料や情報を一度吸収して消化し、新しい何かを生みだす準備段階となります。従って一般的にはこの第1段階では、「収集」と「消化」の両方が既に織り込み済みとなっています。
ところがヤング説では、この収集と消化という行為を敢えて別々のものとして捉えたところにその大きな特徴があります。ヤングが注目したこの「消化」こそ、私たちが何か新しい考えやアイデアを生みだす重要なヒントになります。
私たちが発想や着想という何か新しいアイデアの閃きを得る瞬間は、実に多種多様です。何かを見たり人の話を聞いたり本を読んだりして閃く、あるいは入浴中に脈絡なく突然発想を得るといったようにさまざまです。これらの閃きは突然生まれたようにみえますが、実は対象となる課題について、それまでに考えたり気になったりと、心のどこかに引っかかりがあったものに対する‟解(答え)”として生まれたものです。つまり閃きとなる”解”は課題のテーマについて一度は考えたことがあり、自分なりに解釈して「頭の中で消化」されたものを土壌として生まれてくるのです。
多様な組み合わせへ
ヤングはその著『アイデアのつくり方』の中で5段階説を展開する一方で、「アイデアは既存の要素の組み合わせ」であるという原理も述べています。実はこの原理と第2段階の「消化」とは密接な関係にあります。
課題となるテーマについて収集した情報・知識について、あたかも食物を噛み砕き消化するかのように、それらの情報・知識をさまざまな多角的視点から柔軟に見てみる、考察してみる、吟味するというアプローチが、ヤングの言う第2段階の「消化」になります。その意図するところは長年広告マンとして活躍した実践的、体験的な観点から、課題となるテーマについて、さまざまなアングルから可能な限り異なる見方や意味について幅広く考えておくことの大切さです。広く深く多角的に捉えることによって数多くの要素が出現し、それらを組み合わせる可能性も累積して広範に広がることになります。
努力は報われる?
アイデアづくりで立ちはだかるインパス(課題となるテーマについてぐるぐる考えて行き詰まること)においても、限られた範囲内の思考よりも多方面にわたる広範な思考へのトライアルが、結果的に閃きのチャンスを高めます。つまり課題についてよく準備し、さまざまな視点から考え抜くというたゆまぬ思考と努力が、「既存の要素の組み合わせ」を限りなく創り出す「孵化期」へと続くからです。
発明王エジソンは、「1%の閃きと99%の努力」という有名な格言を残しましたが、ヤング流の視点からこの格言を読み直すと、1%の閃きを生みだすためには99%の思考や努力が必要であるとも解釈できますが、いかがでしょうか?
(1)G・ワラス(Graham Wallas) イギリスの政治学者、心理学者
『思考の技法(The Art of Thought)』 松本剛史訳 2020 筑摩書房
(2)J・W・ヤング(James Webb Young) アメリカ広告代理業協会会長、アメリカ広告審議会(AC)の設立並びに会長等を歴任
『アイデアのつくり方(A Technique for Producing Ideas)』 今井茂雄訳1988 CCCメディアハウス
中島 純一
公益社団法人日本マーケティング協会 客員研究員