吉川 欣也氏
株式会社REPUBLI9 代表取締役社長
シバタ ナオキ氏
AppGrooves/SearchMan 共同創業者
(Interviewer:本荘 修二 本誌編集委員)
INTERVIEW
日本からシリコンバレーに渡った起業家の先駆であるお二人、吉川欣也氏とシバタナオキ氏(それぞれシリコンバレー歴22年、13年)は、書籍『テクノロジーの地政学 シリコンバレー vs 中国、新時代の覇者たち』を著すなど、スタートアップのエコシステムを俯瞰的に捉えるオピニオンリーダーとして知られています。
本特集では、お二人に、特に日米のギャップ、そして日本の大企業と起業家(予備軍)が何をすべきか、問題意識やアドバイスを伺いました。
スケールが大きなアメリカ
シバタ 最近、日米両方に投資しているベンチャーキャピタル(VC)の方に日本とアメリカでどちらが投資リターンが出ますか、と聞いたところ、日本よりアメリカのほうがはるかに投資リターンが得られると話していました。どういうことかと質問すると、アメリカではスタートアップにレイトステージ(上場が視野に入るような段階)でお金を出しても、例えば一株10ドル位でIPO(株式上場)をし、そこから50とか70ドルまで株価が上がるわけです(数千億円や兆円クラスの企業価値になる会社が多数)。IPO直前の企業価値が高いステージで投資しても、そこから10倍になったりします。
ところが日本だと、例えば100億円の企業価値でレイトステージにお金を入れると、上場しても300億円辺りの企業価値で足踏みして3倍くらいにしかならない。つまり、企業価値・株価という会社の値段の上がり方が日米で全然違う。これほど日米のスタートアップのスケーラビリティ(規模成長ポテンシャル)がズレていると、同じ論理で取り組むことは無理があると思います。
───吉川さんもシバタさんも、それだけスケールが大きなアメリカに移り住んでチャレンジしてきたわけですね。
吉川 そうですね。でも、別に日本人をやめてアメリカに来たわけでなく、日本が好きですが、野球でメジャーリーグに行くとか、Jリーグから海外に行く選手が増えていますが、ビジネスもアメリカに来て世界を目指す、でいいと思います。
シバタ 野球であれば、ダルビッシュ選手や大谷選手がメジャーに行くのはお金だけじゃなくて、オポチュニティ(機会)が大きく、より高いレベルでやりたいので自然なことだと思います。ゴルフの松山英樹選手、そして女子ゴルフ選手はたくさんアメリカに来ていますよね。若くて元気がある人、競争している世界でやっている人たちからすると当たり前の感覚でしょう。
投資も報酬も桁違い
吉川 通常、VCへの投資はベンチャー企業本体への直接投資ではなく、VCを介して投資をする機関投資家、事業会社のことを指して、LP(リミテッドパートナー)投資家と言いますが、日本ではLPからVCへの投資は一件100億円を超えることはまだまだ少なく、LP投資は一件数十億円にとどまっています。アメリカ的な規模で、シリーズA、B、C、IPO前と各ステージが上がるにつれて資金調達の規模も上がってきますが、それぞれのVC役割に合わせて、規模的な側面もカバーできれば、欧米のようにスタートアップへのインパクトは大きくなると思います。
───スタートアップへの総投資額で、日本はアメリカの100分の1という調査データもありますが、VCのファンドのサイズが日本はアメリカより一桁以上小さい。そのうち1社への投資はファンドのX%と上限があるので小粒な投資になります。
吉川 人への報酬もそうです。人材の取り合いが激化している今、社長よりも高給をオファーしてでも採用しなければと感じます。スタートアップは入社してから勉強しても間に合わないから即戦力が必要です。大企業では、CVC(コーポレートベンチャーキャピタル)でもDX(デジタルトランスフォーメーション)担当でも、社長の報酬の倍以上払って採っていくべきだと思います。スタートアップ企業との連携に取り組んでいる大企業は多いですが、スタートアップを買収すれば、当然、買われたスタートアップの創業者はそれなりの資産を持つことになります。買収した大企業の役員や社員と被買収スタートアップの創業者や役員の報酬バランスを考えていくと、旧来の社内制度に合わせるには無理が出てくるのは当然です。シリコンバレーのような場所でも、新規事業を社内から産み出すのに苦労しています。だからこそ、GoogleはYouTubeを買収して既存の事業に取り込み、 FacebookはInstagram買収し、サービスも組織も時代に合わせてインテグレーションしています。
シバタ 給料は、日米がズレている大きな要因でしょう。米国で上場企業のCEOをやったら年俸で1,000万ドル以上が当たり前。日本だとそんな経営者はごくわずかで、せいぜい1〜2億円とか一桁違う。ビジネスの実態として10倍差があるとは思いませんが、トップの報酬は10倍。スポーツでもメジャーで活躍すると10倍になる。
吉川 ソフトバンクグループでも、ニケシュ・アローラ(前副社長)氏やマルセロ・クラウレ(前副社長)氏に多額の退職金を払うなら、日本人チームにももっと報酬を払ってよい気がしますが、別扱いの外国人枠ですかね。
注:日本企業で1億円以上の報酬を得た役員は652人、10億円以上は8人(2022年6月末、東京商工リサーチ調べ)
『テクノロジーの地政学 シリコンバレー vs 中国、新時代の覇者たち』
シバタナオキ・吉川欣也 著
日経BP 2018
大反響を呼んだオンライン講座「テクノロジーの地政学」を書籍化した本書は、ソフトウェアによる革命を背景に、人工知能、次世代モビリティ、フィンテック・仮想通貨、小売り、ロボティクス、農業・食テックの6分野を、豊富な実例とともにシリコンバレーと中国の動向と未来の展望を示し、「未来が覗けた」という読者の声もある。
専門人材が育つ米国
吉川 大谷選手がアメリカで大活躍していますが、ビジネスでもアメリカで上場する起業家が日本からどんどん出てくるといいと思います。しかし、アメリカの上場企業でCFO(財務)が務まる人、マーケティングやHR(人事)、CTO(技術)など要職に就ける人がどれだけいるでしょう。中国や韓国系のCFOはよく目にしますが、日本人はいない。将来、ビジネスのメジャーリーグであるアメリカで上場するスタートアップに日本人が何人いるのかもイメージしながら議論しないと。起業家だけ頑張れでなく、経営チームの皆さんがアメリカでやるには、と考えることが最近は多いです。
シバタ アメリカに来て驚いたことが、キャリアパスの違いです。定まった役割の中でキャリアが積み上がっていく。例えば、上場企業のCFOをアメリカでやろうと思ったら、若いときからCFO系のキャリアパスをずっと上がってきて、ステップアップしながら転職していくわけです。営業や人事をやって、財務に来てからCFOになる日本企業でのキャリアはアメリカだとあり得ない。野球だったら、クローザー(抑え投手)はずっとクローザーなわけですよ。アメリカではそういうキャリアを持つ人材の厚みがあり、専門性が高いポジションでも採用しやすい。その役割でキャリアを作るという感覚が日本には薄く、新事業チームを作る上で問題だと感じます。
吉川 それからアメリカ企業にはよく、いい人事のお母さん役的(社員の悩みやトラブルをケアし、職場を良くする役回り)な女性がいますね。そんなに高い給料をもらっているわけではなく、週2〜3日くらいオフィスワークをきっちりやってくれます。日本ではそういう人がいないから、VCもスタートアップ各社をずっと見られないので、何かトラブルがあってもすぐ解決できない。それに、男がやるとうまくいかないことなどもあり、お母さん役は大切です。
日本は優秀な女性がたくさんいます。アメリカだと経理まで任せ難いですが、日本にはお金を預けても大丈夫な人たちも相当いるでしょう。夫が稼いでいて私は暇とか、子どもが自立したから手伝うわよ、といった方もいるでしょう。組織を落ち着かせてくれる人にいていただくことが日本でもできればと思います。
日本より高くても人気のアジアIT人材
───DXの流行もあって、エンジニアやプログラマーの採用が活況ですが、グローバルに見ると日本の給与水準はとても低いです。
シバタ 僕がお付き合いしている日本の上場企業ですが、東南アジアに開発拠点を作る会社が圧倒的に増えてきたように思います。昔は人件費が安いからということでしたが、今は人数が採れるからという理由に変わりました。日本だと人材が枯渇していて採れないから、会社の成長ペースに合わせるために、東南アジアでエンジニアを採用するという経営者が増えています。躊躇せず、日本のエンジニアよりも高い給与を東南アジアのエンジニアに払っています。昔の感覚とは大きく変わりました。
吉川 シリコンバレーやシアトルを含む友人数名がベトナムなど東南アジアに行ってエンジニア獲得に動いています。世界的な動きでしょう。
CVCをやる意味があるのか?
吉川 日本の大企業がCVCを起ち上げるとかで、「誰かいい人いませんか」という問い合わせもあります。パートナーについても、初めて聞く名前だけど大丈夫かなと思うこともあります。結構有名な会社でもそうです。
───おっしゃるとおりで、素人だらけというのが日本の実態です。CVCに適する人材の絶対数が足りない上、日本の大企業では経験を積んだ頃にジョブローテーションで違う部署へ行くので、日本全体としては供給不足が解消する見込みがありません。
吉川 なぜか日本の大企業がみなCVCを立ち上げるという流れになっているのが不思議です。それも中途半端な規模が多い。自社でやるよりVCにお金を出して、良さそうな会社が見つかれば直接投資をするという方法で良い気がします。
───良いVCを選んでLP投資家で参画して、そこから情報とか案件を吸い上げて投資をするという戦法ですね。
吉川 はい、それで良いと思いますが、かなり無理してやはりCVCを立ち上げていますね。相談も来ますが、手伝ってくれと言われても手伝いようがないのでほぼ全部お断りしています。CVCからスタートアップ側にお金が流れるのは悪い話ではないですが、若いスタートアップ企業の周りに素人CVCが混ざるとトラブルにならないか心配します。
戦略が際立つCVCとは?
───日本のCVCで、狙う領域やテーマなど戦略はありますかと聞くと、実はない・曖昧という企業さんが少なくありません。これは危険なことだと思います。
シバタ グローバルではCVCからスタートアップ投資額は全体の2割程ですが、先日の対談でセールスフォース(クラウドサービス大手)とコインベース(暗号資産取引大手)の2つの戦略が明確な例を伺いました。セールスフォースと事業上のシナジーがあって、セールスフォースのエコシステムの中でアプリを作ってくれる企業に投資をする、とセールスフォースは明言しています。すると、セールスフォース用のアプリが増え、セールスフォースからの送客も期待できる、とシンプルにはっきりと伝えている。コインベースはクリプト(暗号資産)系しか投資しないと、とてもクリアです。日本ですとKDDIがわかりやすい。KDDIがユーザーである会社、あるいはKDDIはこういうプラットフォームがあるので、この周りで何かしたい会社に投資をします、と同様にはっきりしています。
吉川 私のスタートアップ(IP Infusion Inc.)にインテルが150万ドル投資しましたが、インテル製のネットワークプロセッサーを使っていたからです。同じ話ですね。
壁となる日本の制度
吉川 日本は、形は何となくできたように見えて、実はスタートアップのエコシステムに穴があります。例えばストックオプションですが、日本のスタートアップを見ると、オプション制度を最初は作らず、後から入社した人たちがいいオプションをもらっている。最初から汗をかいてきた人たちがオプションをほとんど持っていないこともあり、これはおかしい。アメリカのように、起業した当初からストックオプションの仕組みを導入しておいたほうがいい。
シバタ 一番つらいときに頑張った人よりも、後で入社した人が儲かるなんて、とんでもない仕組みだと思います。
吉川 頑張った社員たちが、株を持たずに途中で辞めているのが当たり前というのは違和感がある。上場するときに変な株主がいるとまずいとか、辞める人の株は回収しなさいと言う日本のアドバイザーがいますが、辞めた人を全て悪者にせず逆に感謝する方がいいと思います。そもそもストックオプションは、右も左も分からない若者についてきてくれる人事や総務担当のお母さん役を含め、起業直後の苦労する時期に1、2年頑張ったフルタイム、パートタイムのエンジニアや営業、マーケティングなどに出すものです。会社が成長して社の人材ニーズと合わなくなって辞めてもらうこともありますが、ストックオプションを取り上げたりはしません。
───昔の銀行の延長上というか性悪説で、本来のスタートアップ文化とは異なる制度が残っている感じですね。
吉川 アメリカが全部いいとは思いませんが、ストックオプションも企業会計も、日本の古いしがらみに無理やり合わせているケースが増えている気がして、時代に合わせて柔軟にアップデートしているアメリカになるべく合わせてほしい。
───会社を売る、買収するなどの企業会計や制度も違います。日本で起業してアメリカに行こうとしても、オプションや会計などが違いすぎて会社を作り直す羽目に陥ることもあります。海外の投資家が日本のスタートアップに投資することが増えてきたとはいえ、GV(Alphabet社のVC)もそうですが、アメリカに法人を移さないと原則的に投資しないのが普通です。ゆえに、グローバルを狙うなら、法人を最初からアメリカに設立する方が現実的です。
シバタ 解雇できないことも大きな問題です。もちろんカリフォルニアでも解雇は大変です。法律上は簡単に解雇できますが、訴訟を避けようとすると、それなりの手続きを踏んでそれなりのお金を払って辞めてもらうことが必要です。それでも、会社や事業の都合など色々な理由で解雇せざるを得ないのですが、それが全くできないと硬直した人事制度にもつながります。解雇が許されれば、人の流動性はもちろん、専門性を高めるキャリアパスを作りやすくなるでしょう。すると、逆説的ではありますが、スタートアップに行ったり大企業に戻ったりできるようになるかと。
吉川 アメリカで優れた人にアドバイザーになってもらおうとしても、日米の仕組みの違いが壁になります。アメリカで起業していれば問題ありませんが、日本で起業した人を未来の大谷になるからサポートして欲しいと頼んで、仕組みの違いで引っかかるのは残念です。おまえが言うならやるよ、というときに、何だこの変な仕組みは、ちょっと無理だと言われるのはつらいです。日米の仕組みがなるべく同じだといいですよね。
とにかく海外に出ること
───ここまでの話を総合すると、日本だけの狭い範囲を超えて、最初からインターナショナルに新事業を作るつもりでないとオポチュニティを逃す、ということですね。
吉川 そうですね。コロナ禍で真面目に日本の中にいて、大企業の経営陣は頭が固まってきていると思います。若い人たちも、コロナ禍前だったら例えばCES(コンシューマー・エレクトロニクス・ショー)に出張させてもらい実際に見て感じていたのが、そういう機会もない。世界を俯瞰的に見られる人がいないのでつらいと思うことが多いですね。
シバタ コロナ禍で人の行き来が止まっているので、早急に戻すよう各企業の努力が大切だと思います。Zoomで見られる世界と実際に会ったとき、物を見たとき、食べたときでは、温度感など違いがあるのは間違いないので。
───体感すること、感じとることもコロナ禍も明けてくるので必要だということですね。
吉川 そうですね。最近、よく講演で渋沢栄一の話をします。大河ドラマを見て渋沢栄一はすごいと思いながらも、万博に行って色々持って帰る。銀行もそうですし、医療制度や保険も、海外で見たから日本に持ってきた。これを日本に持ってこないと国としてまずいという感覚で。
だから今、生命力ある若い人たちにどんどん外を見て欲しい。Web3、アグテックやフィンテック、スマートシティ、新しいバイオなどどれもすごくないか?と。インポッシブルバーガー(代替肉バーガー)もうまい!と思ったら自分でやればいい。インポッシブルバーガーを日本からネットで見て、食べたことない人がどれだけ一生懸命想像力をかき立てても、実際を知らなければ難しいでしょう。若い人たちは見れば感じる、経営者の皆さんも見れば違いがわかると思います。
シバタ 日本の人口が減りGDPのランキングも下がるので、外に向くしかありません。海外の会社に投資する、海外に開発拠点を作る、子どもを海外に住まわせるなど、どのやり方でもいいので、海外と触れる機会を増やすのが良いです。自分で海外に来てみて、案外何とかなりましたし、怖がらずにトライするのが一番良いでしょう。何かしら海外と接点を持って、それが太くなっていく会社がこれから伸びると思います。
───アメリカが第一候補になると思いますが、ほかの国も面白ければいいですよね。
シバタ そうですね。Web3の若い人たちが日本からシンガポールやドバイに行って起業していますが、グローバルで勝つ人もそこまで行かない人もいるでしょう。その人たちは日本に帰ってきて、シンガポールで学んだこと見たことを利用して、また日本で何かやるわけですから、うまくいかずに帰ってきたとき優しくお帰りと言ってあげることが大事な気がします。
───シナモンAIの創業者CEO平野未来さんもアジアへ行ってから日本へ戻ってきたケースですね。
シバタ そうですね。全然ありだと思います。逆にそういう人のほうが強かったりするじゃないですか。吉川さんは22年、私ももう13年目で、そういう人もいれば日本に帰る人もいて、それはそれでいいと思います。
─── 本日はありがとうございました。
Interviewer:本荘 修二 本誌編集委員
吉川 欣也(よしかわ よしなり)
株式会社REPUBLI9 代表取締役社長
法政大学法学部を卒業後、1990年に日本インベストメント・ファイナンス(現大和企業投資)入社、独立系のシンクタンクを経て、1995年にデジタル・マジック・ラボを設立。
その後、1999年に米国San Joseに設立したIP Infusion社(次世代ネットワークソフトウェア開発)を創業、2006年に同社を5,000万ドルでAccess社に売却。売却後Miselu(米国San Francisco)/Golden Whales(米国San Mateo)の創業者兼CEOを経て、2019年11月に株式会社REPUBLI9を創業。
シバタ ナオキ(しばた なおき)
AppGrooves/SearchMan 共同創業者
元・楽天株式会社執行役員、東京大学工学系研究科助教、スタンフォード大学客員研究員。東京大学工学系研究科博士課程修了(工学博士、技術経営学専攻)。スタートアップ(AppGrooves / SearchMan)を経営する傍ら「決算が読めるようになるノート」(https://irnote.com/)を連載中。経営者やビジネスパーソン、技術者などに向けて決算分析の独自ノウハウを伝授している。2017年7月に書籍『MBAより簡単で英語より大切な決算を読む習慣』を発刊。