「なりわい」革新


事業×組織文化の変革で
経営の旗印をつくる

『「なりわい」革新 
  事業×組織文化の変革で経営の旗印をつくる』

望月真理子、中町直太、朝岡崇史 著 宣伝会議

 キリンの首はなぜ長いのか?用不用説、突然変異説などさまざまな学説の中に「意思説」というのがある。キリン自身が首を伸ばしたいと思ったから長くなったのだとする学説らしい。生物学的当否は置くとして、企業の進化に限ってはこの説が成り立ちうるかもしれない。ミッションやパーパスなど企業自身が持つ確固たる意思が、進化の方向を決定するのだ。
 先行き不透明で将来予測も困難な時代。競争環境は様変わりしている。アフリカの大草原に暮らしていたキリンが、砂漠に入り込むのか、ツンドラをさ迷うのかエコシステム(生態系)の激変に投げ込まれているのだ。企業間競争を見ると、商品レベルの競合にとどまらず、ビジネスモデル間の競争、エコシステム全体の競争となっている。音楽業界に変革をもたらしたのはAppleだが、彼らは単にiPod、iPhoneなどの商品の開発にとどまらず、音楽の制作・流通・演奏・鑑賞を含む新たなエコシステムを作り上げ、音楽業界そのものの創造的破壊を進めた。
 デジカメの登場で銀塩写真フイルムの市場を失った富士フイルムは、ヘルスケア領域で新たなエコシステムを構築すべく挑戦を重ねている。保険業を超える存在であらんとするSOMPOグループも、クルマ会社からモビリティカンパニーへと脱皮を目指すトヨタグループもエコシステムを含めた新たな価値を作り出そうとしている。
 このような挑戦を著者らは「なりわい革新」と名付けている。なんとも懐かしい語感の用語だが、「なりわい」とは経営の行き先を示す、いわば「旗印」であり、世間様や時代とフィットしたエコシステムに立脚した事業ととらえることが適当だろう。
 いまや企業には「なりわい」の再定義に基づく事業変革による外部環境への適応が重要であるとともに、内なるエコシステムともいえる組織文化の変革も不可欠だということが本書の明確な主張だ。そして本書は、事業変革と文化変革の両輪を進める具体的手順を、豊富な事例とともに平易に語り、手引きしてくれる。
 周囲のサバンナに環境変化の兆しを感じているキリンのみなさんの一読を勧めたい。

Recommended by
江戸川大学 名誉教授
日本広報学会 副会長 濱田 逸郎


『イノベーションの競争戦略
優れたイノベーターは0→1か? 横取りか?』
内田和成 編著 東洋経済新報社

 「VUCAの時代に日本企業に求められるのは、イノベーションである」。そうした認識のもとに多くの企業では、画期的なアイデアを生むため、デザイン思考やオープン・イノベーションといった取り組みが進められている。
 しかし、本書では、イノベーションとは画期的なアイデアを生むことではなく、消費者の行動を変容させることと主張する。そして、画期的なアイデアを生むことに注力するよりも、消費者の行動変容に影響を与える社会構造や消費者心理の変化を理解することに注力すべきと説く。例えばZoomは、我々の仕事のやり方を大きく変えた(行動変容)が、オンライン会議ツール(画期的なアイデア)はSkypeの方が先だった。Zoomの勝因は、コロナ禍(社会構造や消費者心理の変化)へ迅速に対応したことだ。
 本書は、Zoomをはじめ、メルカリ、ルンバなど、数多くの成功事例や失敗事例を分析し、イノベーションを生むドライバーとイノベーションが生まれるプロセスを抽出している。文体は柔らかいが、複数の事例分析による研究書と言ってもいいだろう。
 抽出されたイノベーションのドライバーは「イノベーション・トライアングル」、イノベーションのプロセスは「イノベーション・ストリーム」と命名されているが、これら2つのフレームワークは、シンプルでわかりやすく、実務的である。
 本書の中で、最も面白かったのは、第4章「逆転のイノベーション」である。後発者が油揚げをさらうトンビとなって、イノベーターとなった事例が登場する。LIBRIeを逆転したKindle、READYFORを応用したMakuake、楽天市場を追うBASEなどである。これらの分析を通して、画期的なアイデアは他社が考えたものを使えばよいとまで言う。
 本書を読むと、今、日本企業に求められるのは、画期的なアイデアを生むための取り組みよりも、環境変化を的確に読むことだと痛感する。これは、マーケッターの仕事だろう。とすれば、イノベーションの成否は、マーケッターの能力にかかっていることになる。イノベーションを求める組織のマーケッターは、一読しておきたい。

Recommended by
 青山学院大学大学院 国際マネジメント研究科
教授   黒岩 健一郎