by 久保田 雅也
投資家、WiLパートナー
INTERVIEW
日米で活動し、グローバルのスタートアップと日本の大企業をよく知る、WiLパートナー久保田雅也氏に、日米の違いや日本のスタートアップと大企業へのヒントについて伺いました(WiLは東京とシリコンバレーを拠点に19億ドル=約2,000億円超のファンドを運用するほか、大企業のオープンイノベーション支援や人材育成など幅広く活動する複合組織)。
日米で異なる起業の WhatとHow
久保田 WhatとHow、ドメスティック対グローバル、アカデミックとの距離、という三つの点で日米は異なります。
海外、特にアメリカでは、起業はWhatから入ることが多い。自分が一生かけて解決したいという課題を先に決めて、方法は走りながら考える。日本は、How、つまり方法論から入る起業家が多い。どうやってマネタイズするかとか、マーケットのどこが空いているかとか、ビジネスモデルの議論が多い印象です。
───アメリカではなぜそうなのでしょう。
久保田 アメリカでは平均や普通は「負け」。スタートアップは突出した1パーセントの例外にならないと、お金も人も惹き付けることはできません。アメリカでは、お金を稼ぎたいだけの人には他に選択肢がたくさんあります。そうした人材市場で、自分の時間を掛ける価値のある課題=Whatが弱いと優秀な人は来ません。言い換えれば、起業家のパッションや強烈なストーリーによって、優秀な人材が引き寄せられる。だから、アメリカではぶっ飛んだ起業家が出てくるんだと思います。
その課題を解決するのに、なぜ自分が一番適しているのか。つまりProduct Market Fit(プロダクトと市場のフィット)の前にFounder Problem Fit(課題と起業家のフィット)です。「儲かりそう」「伸びそう」だけでは、アメリカのような大きな市場では誰かが参入していて競合がいます。その人にしか見えない課題の解像度と、自分だからこそ一生かけてもやり切る腹落ち感が求められます。 Web3※1もそうですが、こういう世界にしたいとまず旗を立て、ミッション・ドリブン型で、山の登り方はそれから考える。なので、やりたいことを一言で表現できるシンプルさがあります。Googleは「あらゆる情報を整理し、アクセス可能にする」、Facebookは「世界中の人々を繋ぐ」。どちらも様々な事業を手がけていますが、やろうとしていること、向かっている先は変わらないし、課題もミッションもシンプルです。
※1:Web3 ブロックチェーンを使った分散型の、いわばインターネットの第3世代。
───なぜ日本ではこうならないのでしょう。
久保田 日本は一般に便利で、安全で、普通に生きていて特に困ることがありません。みな銀行口座を持てるし、医療も健康保険も広く行き届いている。一方、アメリカは与信が全然なくて銀行口座を持てず、金融的にはじかれた人が数千万います。歯医者に行くだけで何十万円、救急車で病院に担ぎ込まれたら何百万円とか、いろいろ社会が壊れているわけです※2。日本はすごいコストを掛けて社会的な弱者を救っているため、普通に生きるだけなら課題を感じることが少ない。なので、強烈に解決したい課題=Whatがあまり出てこず、Howに寄るのが多いのだと思います。
※2:アメリカの自己破産の6割以上は医療費が原因である。
───すると日本のスタートアップの現実はアメリカと似て非なるものかと。
久保田 日本でよく話題になるのは「今後伸びる領域は何か」。最適なタイミングと空白な市場に良いものを投入することが成功ルールです。日本では、「これは」という手応えがあるまでいろいろ試すケースが多い。
アメリカでももちろんピボット(軌道修正)はありますが、登ろうとする山は変わらず、山の登り方が変わる。もしゴールが変わると、そのストーリーで集めたチームや株主とは話が合わなくなるので、アメリカでは会社を清算します。全く別の事業にシフトして延命することはありません。
ドメスティック対グローバル
───日本がガラパゴス化して、ビジネス機会を逃しているのでは。
久保田 島国的な要素、つまり日本で起業すると日本市場でというのがメインになってきます。国内にそこそこ大きな市場があって、日本の強みを生かせればグローバルに行けるという迷信がありますが、これはハードウェアの成功体験を引きずる日本人の勘違いだと思います。家電やクルマなど技術の強みと品質が生きた世界とロジックや標準化が重要で、言語や業務の特殊性が障害になるソフトウェアでは状況が違う。日本という市場で勝ち、日本という特長を生かそうとするほどガラパゴス的になります。
───「日本」に囚われているということですね。
久保田 最初から世界を見据えてユニバーサルな課題を捉えているか、日本独特の課題を起点として内向きからグローバルに行こうとするのかは、大きく違います。日本のスタートアップで外国人のCTOや社外取締役がいるケースは皆無ですし、コミュニケーションもほぼ日本語。それでグローバルに行くのは難しい。海外市場は日本市場の地続きの先にあるのではなく、グローバル担当を採用してプロダクトを現地化すれば済むものではない。カルチャーや組織を根本から生まれ変わらせるくらいの変更が必要です。
頭では分かっていても、アメリカと日本は本当に競争環境が全く違います。日本の10倍、100倍ぐらい競合がいてしのぎを削っているわけです。「フォーカスしろ」とスタートアップはよく言われますが、日本だとフォーカスしすぎると市場が小さくなってしまうので、なんだかんだ全部やろうとしますよね。その発想で米国進出すると死にます。とにかく特徴を出す、ニッチにフォーカスして、その小さな市場を取り切ること、徹底的に尖ることが大事。英語圏でプロダクトを出すメリットは、世界で見るとそのニッチでも十分に市場があることなんですよね。
───人材について、国内とグローバル発想では全く異なりますね。
久保田 アメリカでスタンフォード大学のコンピューターサイエンス専攻の新卒だと年俸25〜30万ドル、つまり初任給は年4,000万円です。日本でエンジニアの初任給は年600〜700万円でしょう。いまや、日本はベトナムやフィリピンと同じ「オフショア」です。とても安くて優秀な人材がここにいるということです。
しかしこれはチャンスにも映る。シリコンバレー純血で数千万円の新卒を雇って札束を燃やしながら走るスタートアップと比べたら、日本に開発拠点を置いて海外本社とハイブリッドでやるメリットは結構あると思います。
───若い起業家の意識は変わってきていますか。
久保田 海外で成功したスタートアップや起業家が出てくれば、彼らがロールモデルとなって、起業家を目指す日本の若者に刺激と夢を与えていくはず。Jリーグで目立つより、海外のクラブで活躍した方が別格な選手として見られるように、日本には海外での成功を賞賛する文化がある。これは起業家に対しても同じと思います。最近の若手はグローバル志向の起業家も多く、日本はエンジニアも質が高い。足りないのはスタートアップを取り巻くエコシステム、我々のようなVCを含めた支援者層の厚みや、それを支える制度や環境ではないかと思います。
アカデミアがスタートアップの一部
久保田 チーム編成というか、起業の経緯も違いがあります。アメリカだと、大学の先生が一旦休学してスタートアップを手伝うなど、アカデミアとビジネスの距離が非常に近い。Yコンビネーター(米国の著名なスタートアップ・アクセラレーター)のプレゼンでも、チームに著名大学の教授やリサーチャーが入っているのもたくさんあって、起業家か先生か分からないような人が大量にいます。
彼らは、技術を社会実装するという観点でスタートアップを捉えています。アカデミックを放り出して金儲けに走っているのでなく、研究成果や知財を社会にすり合わせる挑戦を起業家と一緒にやっている。それがもし失敗したら、またアカデミアに戻る。
Googleも創業者たちがページランクというアルゴリズムを発明しましたが、特許はスタンフォード大学に帰属しています。あのGoogleも大学発のスタートアップであり、その後もアカデミアの研究成果やそれをもとにしたスタートアップを取り込んでいます。
日本の場合、起業家にはなりたくない、本当は得意な研究や技術に没頭していたいけど、仕方なく研究者が見よう見まねで社長をやっているケースが多い。ビジネスサイドが強い人との出会いで、一緒に起業するような状況が産めればもっとスタートアップの数を増やせると思います。
大企業は今見えていない未来を
───大企業に対してアドバイスをお願いします。
久保田 大企業について思うところは、目的は何かです。CVC(コーポレートベンチャーキャピタル)がブームですが、オープンイノベーションの言い訳になっている例も散見されます。ベンチャーを買収するにはリスクがある、かといって提携だけだとインパクトに欠ける、というときに出資のプレスリリースを打つことで、「やった気になる」という落とし穴です。また、よくあるのは、やってるうちに目的を見失うケース。CVCを作るにあたって、情報を集めたい、将来の研究開発のため、将来の買収先にツバをつける、投資リターンで儲けたいなど、あれもこれもと10も20も目的を並べて、やがて担当が変わると何で続けているのかよく分からなくなってきます。実はCVC活動を始められた企業の一番の悩みは、「始めるのは簡単だが、終わらせるのが難しい」でして、未上場のマイノリティ株式なので簡単に処分もできず、目的も曖昧なまま組織がゾンビ化する例も多い。
───そもそも大企業は何を狙うべきでしょう。
久保田 目先の成果や狙いに寄せ過ぎないほうがいいと思います。例えば住宅メーカーが家だけ造っていていいのか?家もハードはコモディティ化して、ソフトウェアがリビング体験を一変させ、ご近所コミュニティが価値を持つ時代が既に訪れている。すでに見えている未来ではなく、気がついたときには世の中が激変して、何年か後に点と点がつながり布石になる。
近未来の事業は自社でやるべきだし、内製化して自社のリソースとして徹底的に磨くべき。一方で、将来に対する備えとして、一見無関係に思えるほど飛び地のような領域をカバーするために、両利き経営で言うところの「探索」をうまくやる上で、CVCは活用しがいがあると思います。
大企業はスタートアップに合わせるべし
久保田 いくらブランドが立派な大企業でも、スタートアップを自分たちのロジックに従わせようとしてはいけません。スタートアップが大企業を向いて仕事をするという勘違いで、下請け企業と付き合ってきた文化がある大企業ほど勘違いが大きい。スタートアップと下請け中小企業は、どちらも小さな企業ですが、別の生き物です。
スタートアップは、テクノロジーとネットワーク効果を駆使して、指数関数的成長を目指す特殊な生き物と捉えたほうがいい。生きるか死ぬか、18か月分のキャッシュという寿命の中で食いつなぎながら、世の中を変えるほどのインパクトを目指す存在です。彼らにとって、究極には大企業はパートナーではなく、ディスラプト(破壊)する対象ですらあります。
彼らとうまく付き合うコツ、それは大企業側の「人」に尽きます。看板や役職ではなくて、中身。人として信用できるか、コミットしてくれているかどうか。CVC成功の秘訣は、コミュニティに入り込んで個人名で価値を出せる人の育成にかかっていると思います。
もっとスタートアップの買収を
久保田 日本の大企業はCVCもいいですが、僕はどんどんスタートアップを買うべきだと思います。このところ市況が厳しくなって値段もリーズナブルになり、買い手を求めている会社が増えて、買収チャンスがたくさんあるはず。
服装も違う、言語も違う、会議のやり方から意思決定のスピードまで何から何まで違う、宇宙人の集団が大企業に降り立つイメージです。定時に一斉帰宅する社員を尻目に、いつも終電まで残業してる、提案は突拍子ないけれどいつも否定ではなく肯定から入る。こうした異分子との化学反応は企業文化を刺激し、組織を活性化させます。将来の幹部がそこから生まれるかもしれません。
米国では「アクハイア(acqui-hire)」といって、人材やチーム獲得を目的にしたスタートアップ買収は当たり前のように行われています。買収したあとのスタートアップはやる気を出して働いてくれるのか?株を売ってサヨナラでは?については、買収する側次第。世間で思われている以上に、起業家やベンチャーを突き動かしているのは「お金」ではなく、「世の中をこう変えたい、良くしたい」という起業家の想いです。その観点では「いくらで買われるか」より「誰に買われるか」のほうが彼らにとってはるかに重要。一緒に夢を描けるか、社会により良い価値を届けられるか、社員や顧客が幸せになれるか、です。リテンションは契約で縛るとかより、この根幹の部分での共感やリスペクトの醸成が遥かに大事と思います。
NFTに偏る日本のWeb3
───政治家や経団連もWeb3と言い出していますが、日本と海外ではどう違うのでしょう。
久保田 日本のWeb3は極めてNFT※3寄りな印象です。NFTはNon-Fungible Token(非代替性トークン)ですが、理由はFungible Tokenが、税務上、現実には日本で発行できず、監査なども未対応なため非常に使い勝手が悪いのが一つ。
※3:NFT Non-Fungible Token(日本語に訳すと「非代替性トークン」)の略で、偽造不可な鑑定書・所有証明書付きのデジタルデータ。Fungible Tokenは、例えば1万円は誰が持っていても千円札10枚でも同じ価値、1ビットコインも同様。しかし例えば、特定のアート作品やコンテンツのNFTは代替ができない。
もう一つの理由がジャパンコンテンツの強さです。「ドラゴンボール」や「ポケモン」を生んだ成功を、デジタルの世界で再びという期待感ですね。
また、Web3は協力的でコミュニティ主導型。日本はもともと村社会で他人に気を遣うとか、コンセンサスを作りながら進めるとか、集団のマネジメントが上手だと思います。アメリカは、俺はこうだ、こう思う、と言って自己の利益が先に立つ人が多いが、日本はおもてなしの文化、空気を読む集団行動など、コラボレーションを誘発する土壌はたくさんある。
それから、日本は、ゼロから1を生み出すのは苦手でも、すでにあるものをとても良くすることは上手です。Web3は全てオープンソースの世界なので、成功しているWeb3サービスのデータやソースコードは全て公開されていて、誰でもアクセスできます。無から有を生み出すのは苦手でも、成功事例を研究して上手にやるのが得意な日本人は、Web3に向いているかもしれません。
やるならグローバルに
───海外のWeb3で注目されているのは?
久保田 グローバルに見ると、NFTは去年は流行ったのですが下火というか、今はメイントピックではありません。今海外ではもっとインフラに近いプロジェクトが注目されているように感じます。ブロックチェーンのスケーリング課題を解決する「レイヤー2技術」や、Web3における個人のデータの持ち方や収益の生まれ方が全く変わるためデータ周辺も熱量が高い。NFTにしてもプロジェクト単体ではなく、トレーディングツールだったり分析ツールだったりと、産業が成熟する基盤となるサービスにお金や人が向かっていっている気がします。
───シンガポールなどで、日本の起業家がWeb3関係のスタートアップを起業しています。日本国内のレギュレーションの制約もあり、国外に出るしかないということでしょうか。
久保田 今はそうですね。ただ、個人的には日本の規制が理由であれ、日本の起業家が海外に出るのは良いことだと思います。国内に一定の市場があったWeb2では、国内に閉じて事業を育て一定の成功を収めることも可能でした。ところがWeb3では望むと望まないとに関わらず、海外に出ざるを得ない。
我々の身の回りを見ても、テックサービスは海外産だらけ。望むと望まざるとに関わらず、海外プレイヤーは日本にやってきます。いずれ競合するのであれば、自らがグローバル化して戦いを挑むほかありません。Web2の世界でも日本市場の特殊性に守られた参入障壁は急速に崩れている印象で、Web3では最初から障壁が存在すらしない。
日本はWeb2で完敗しましたが、Web3というパラダイムシフトがやってきました。市況が冬の時代を迎えたことで先行組が痛んでいる今、遅れた日本にチャンスが巡ってきています。未来を担う起業家には、どんどん海外に飛び出してグローバル目線で課題解決や世界観の実現に向けて邁進してほしい。
長きに亘って日本のベンチャーの課題であり悲願であったグローバル化に向けて、Web3が良いきっかけになればと願っていますし、僕らはそういう起業家を支援していきたいと思っています。
───本日はありがとうございました。
Interviewer:本荘 修二 本誌編集委員
久保田 雅也(くぼた まさや)
投資家、WiLパートナー
慶應義塾大学経済学部卒。伊藤忠商事を経て、リーマン・ブラザーズ証券、バークレイズ証券の投資銀行本部にて、インターネット・通信・メディアセクターを担当。2014年WiL設立とともにパートナーとして参画、主な担当投資先はメルカリ、hey、 RevComm、 Caddi、 Upsiderなど。Quartz Japanにて「Next Startups」、日経ビジネスにて「ベンチャーキャピタリストの眼」など連載中。NewsPicksプロピッカー、Twitterアカウントはkubotamas。