第12回
不將不逆應而不藏

さまざまな困難に遭遇したとき、人は原理原則に立ち戻ることで正解に近づくことができます。または、先人の言葉を参考にすることで事態を打開できることがあります。そこで私がこれまで先輩に教わり、あるいは体験したり、書籍から学んだことをお伝えさせていただきたいと思います。

不將不逆應而不藏

將(おく)らず逆(むか)えず應じて而(しか)して藏(おさ)めず

 中国の古典『荘子』の内篇にある言葉で「道理をわきまえる人は、去るものは去るにまかせ、来るものは来るにまかせ、ものごとの去来に応じて心にとどめるようなことをしない。心が虚であるから、どんな変化にも対応することができ、わが身を損なうことがない」という意味です。つまり、過去や未来に執着しすぎるなと説いているのです。
 私は、不将=過ぎ去ったことをいつまでもくよくよするな。不逆=ありもしないことを取り越し苦労するな。不蔵=当面の問題に、適切に対処し心にとどめない。と読んでいます。
 以前、アジアのビジネスを統括していたとき、この言葉の意味を、現地の華人のビジネスパートナーの中に見てとったことがあります。
 1997年、アジア通貨危機のとき、各国の財閥の多くが財産を失いました。そのとき、ある財閥の総帥が「私のおじいさんは、道端で石鹸を売り歩いて今日の財をつくりました。いまの財産がゼロになったとしても、また石鹸を売り、孫の代までに財をつくればいいではないか」と言っていたのです。
 未来を明るく信じ、危機の際にゼロになっても打ちのめされる必要はない。またゼロからスタートすればよいという強い気持ちを持ち、そしていつか№1になるのだという気持ちを忘れない。夢を持ち続ける力を持続することが大事なのです。
 人生というのは、結局予想がつかない。だからこそ、人は未来に迷い、意味がないとわかっていても、過去に拘泥してしまうのでしょう。そのようなときに、心の原点に戻してくれる言葉です。

公益社団法人 日本マーケティング協会
会長 藤重貞慶