冨山 和彦
株式会社経営共創基盤 IGPIグループ会長
株式会社日本共創プラットフォーム(JPiX) 代表取締役社長
松風 里栄子
サッポロホールディングス株式会社 取締役
INTERVIEW
コーポレートガバナンス経営について
松風 私は2018年から2022年にシンガポールへ赴任、現地子会社の経営指揮を執り、2022年に帰国し現職となりました。ちょうど海外におりました時にコーポレートガバナンス・コード(以後、CGと表記)が改訂され、帰国してからCGに基づいたステークホルダーとの対話が本当に変わってきたなと感じているところです。
株主の皆様や機関投資家の方々とのエンゲージメントにおいて、どこまで開示をするのか?どこまで突っ込んで対話するのか?が問われています。そんな従来からの変化に、社内の取締役はもちろん、独立社外取締役の方々も試行錯誤を重ねています。
冨山さんはどんなふうにご覧になっていますか?
冨山 そうですね。僕は、ダイエーやカネボウなどの会社を買収する立場と、逆にその反対側で買収する側と対峙することと、両方の立場を経験して、双方の手の内がわかっている感じで言うと、最終的な目的が共有されていないと、建設的な対話にならないとみています。
たとえばアクティビスト(投資先企業の経営陣に積極的に提言をするなど企業価値の向上を目指す投資家)の活動も増えてきていますが、個人的な感覚では、いわゆるアクティビストのうち、日本企業に絡みついている7~8割は、長期的企業価値に全く関心がない人たちだと思われます。一方で、真面目に長期的に企業価値を高めたいという意味合いで対話をしたい、あるいはIRのときに、IRを見て物を言いたいという人たちもいる。東京よりも、ニューヨークやロンドンで出会う場合が多い印象で、この人たちは極めて真面目に会社の分析をしています。長期的にその会社にある種エンゲージメントしながら、売り買いしている。対話を通じて、当該企業の本質的な価値を見極めて、それより株価が上がっていれば売るし、下がっていれば買うということを繰り返して、ずっとついてくるような投資家はいます。そういう人たちとの会話は、最終的な目的、ゴールが共有できるので、極めて建設的です。
松風 私はホールディングスの中では戦略とサステナビリティを担当しているのですが、SR(Shareholder Relations=株主と良好な関係を築くための活動)、IRを行っていて、長期的に見てくださる方は、財務と非財務両方の視点で非常にバランスのとれた感覚を持っていると感じています。
冨山 財務は、ある意味現状の結果が出ているだけで、将来の議論は非財務で見るしかないですからね。会社としては、本質的なエンゲージメント、つまり、長期で持続的な企業価値を高めることに対して共通の関心を持っているようなアクティビスト、株主の人たちとの対話を優先すべきだし、そういった人たちが企業についてきてくれるようにIRは努力するべきですね。
社外取締役の役割について
松風 独立社外取締役に求められる役割が変わってきたことも、大きな変化の一つだと感じています。取締役会に占める社外取締役の人数比だけでなく、投資家、株主の方々から求められるコミットメントがより高くなってきています。SRでも社外取締役へのシビアな問いかけも見かけるようになりました。
冨山 本来ガバナンスは民間の議論ですが、日本の場合、2014年頃から、官主導で進めてきた経緯なので、歪みがある気がします。
社外取締役の場合は、自分が社外取締役をやっている会社の事業や経営について監督者として本質的な議論、たとえばトップ人事に関する議論ができないとすれば、それは自信がないのと遠慮と、両方があるのでしょう。加えて、日本の会社の経営者というのは、業務執行サラリーマンのなれの果てなのです。そのため経営という仕事に関して実は多くが素人で、他社の社外取締役になっても自信がない。
松風 これは冨山さんがおっしゃっているサクセッション・プラン(後継者育成計画)のあるべき姿という話にも通じますよね。
冨山 世界的にみても、マネジメントを一つのプロフェッショナルな仕事として定義してこなかったのは日本だけです。幸運なことに定義しなくても何十年もやってこられた。経営者は、ある種投資家と議論するときに、抽象度、普遍度を上げて話ができるようにならないとだめです。たとえばビール業界ではなかった人がサッポロビールへ行って、サッポロビールの経営を語ろうと思ったら、経営という、1つ抽象度を上げた次元で議論しないと会話が成立しない。業界の垣根が壊れていく時代、これは日常茶飯事です。
日本の経営者は、情報の非対称性がない世界で経営やファイナンスの原理原則のフィールドで議論するという訓練をあまり受けていない。面白いのは、経営者たちが集う国際会議の場における日本の経営者に共通の傾向として、「うちの会社のことなので、あなたにとって役に立つかどうかわからないけど・・・」と言って、語る。つまり、抽象度を上げた次元で議論ができない。だからオープンイノベーションもできない。資本市場と対峙するときも、自分の世界の方言で物を言うのではなく、共通言語で考え発言しなければなりません。
松風 そのような発言ができる次世代の経営者を育てていくしかないということですよね。
冨山 それしかないです。結局、サッポロで言えば、例えば効率的においしいビールを造っていればいいんだという時代じゃないでしょう。それは30年前に終わっています。基本的な価値の源泉が差別化であり、より無形なものにどんどんシフトしていく中で、いろいろな価値を創っていくわけでしょう?そうすると、経営的なレベルの判断を間違えると、オペレーションのレベルではリカバリーがきかないから、オペレーショナルディテールの専門家では経営者は務まらないわけですよ。
新しい世代のリーダー、経営者たちを作っていって、その蓄積が結果的には社外取締役としても貢献するというふうに持っていかないと、この問題は解決しません。
また、そもそも社外取締役は何をする人か?というところが曖昧です。まずは数を増やせ、となったので。
松風 ガバナンスの枠組みと、ガバナンス能力という2つがあると思います。例えば国のレベルではコロナが起こって明らかになりましたが、ガバナンスの枠組みだけ整えても機能しなければ結果が出ない。日本はコロナでガバナンスの枠組み議論を繰り返している間に、状況がどんどん悪化しました。企業も同じで、過半数社外取締役を入れてくださいとか、取締役会の議長はこうあるべきとか、いくら枠組みだけ整えても、実行する人次第で魂が入ったり入らなかったりします。
冨山 魂の入る場所がないから入らない。すごく本質的で、今、ガバナンス改革が形式化しているという議論がされていますね。形式先行で実質が伴わないから、ディテールな形式を語り始める。ディテールになればなるほど、ますます形式化する。この4~5年は明らかにそういう傾向が強かったですね。項目だけ増えていきました。
松風 女性取締役のパーセンテージが年ごとに上がっていますね。
冨山 人材開発の基本で、適性のある人が的確な訓練を受け、適所なチャンスを与えられる。この組み合わせしかない。ただ、適性のある人を事前に選ぶのは難しいので、おおまかに言うと、確率論的には古き良き日本の会社で偉くなっちゃった古い人よりは、若い人のほうが現代の経営者として成功する確率が高いし、日本的サラリーマンの男性より女性のほうがいいと思う。あるいは、外国人のほうがいいと思います。
CGが言っていること自体は間違っていないのですが、世代的な多様性とジェンダーなどのバックグラウンドの多様性を高めたほうが、潜在的な適性者が入ってくる可能性は高い。それは枠組みの議論で、そこから先はトレーニングなり、本人の心構えなり、能力の問題となっていきます。
トレーニングをやろうと思ったら、社外取締役は何をやる人なんですか?という、そもそも論を語らなければいけません。まずはジョブ・ディスクリプションを書かなければいけないわけです。そこからスタートして、少なくともこういう能力、スキルは持ってください、ということを、社外取締役になった人たちの間で男女年齢問わず共有していくのが大事だと思っています。
社外取締役対話は、対等な関係で
冨山 株主との対話で言うと、「対話」というのは対等でなければなりません。日本人は、株主が上にあって、株主の下に取締役会があって、取締役会の下に経営者があるというような縦の議論をイメージしがちですが、これは会社法の構図を全くわかっていない。ガバナンスというのは、横の関係なのです。アセットオーナーがいて、そのアセットオーナーが機関投資家に資産を預けるわけで、その代わりアセットマネジャーはこれに対してフィデューシャリー・デューティ(受託者義務)を負っているわけです。
同じような意味合いで、所有と経営が分離されている基本的な構造においては、今度は機関投資家が株を買うということは、その資産を信託しているわけです。直接的には取締役会に対して。そして取締役会は執行権を経営陣に託している。その代わり、取締役会と経営陣は、フィデューシャリー・デューティを今度は機関投資家に対して負い、対価としては株価の上昇と配当を出すためにベストを尽くす。これは対等の関係であって、上下関係ではない。
松風 ここで企業側は説明責任を負っているということですね。
冨山 そうです。お金を預かっているから説明責任を負っているのであって、別に天は人の上に株主を作っているわけじゃない。国の場合の認識と根本的に違うのはここなのです。
取締役会/社外取締役の本来の役割について
松風 そうですね。それを伺っていて本当に思ったのは、自らの反省も含めてですが、経営会議で通ってきたことに対して、違う意見を取締役会で言うというのは駄目なんじゃないかなと思い込んでいた自分は確かにいますね。
冨山 もちろん、社内取締役の場合、何ら新しい条件とかビューポイントがない状態で、やはり賛成というのは、事情変更がないのだから問題ないと思います。しかしながら、取締役が本番のときに、例えば社外の冨山某が、今まで皆さんが見えていなかった観点から、こういう点を見落としていませんかという指摘されたときどうするか。「私の経験上、この視点を持っていない場合、大体こういう事業は失敗する」と言われたら、そこで皆さんもう1回考え直さなくてはいけない。取締役会はそういう経営に関する会議をする場所であり、時間通りつつがなく終わらせることが目的じゃない。
取締役会でガチの議論をしなきゃ駄目なんですよ。社内だろうが、社外だろうが、ここはガチで戦う場所なんだと思ってやってもらわないと。
取締役の権限、責任を持って座っているから、毎回真剣勝負でやるわけでしょう?迂闊にやっていると、最近危ないのです。どこで撃たれるか、どこで敵対的TOBされるかわからない。そこでイエスかノーか判断しなければならない。高所高地からのアドバイスで小遣い稼ぎでいられるようなのどかな時代は、アクティビストのおかげで終わったのです。
これからのコミュニケーションで注目されている内容について
松風 真剣勝負で議論をしてくると、ステークホルダーに対しても迫力を持って説明できるはずですね。あと、今回のテーマである、いわゆるコーポレートガバナンスを踏まえたコミュニケーションで言うと、SR、IRを通じて様々な投資家の方々から、財務と非財務を統合した一貫したストーリーを求められます。
非財務のターゲットとして、今度有報に盛り込む開示情報も、脱炭素、DEI(ダイバーシティ・エクイティ・インクルージョン)などが注目されています。
冨山 注目されるのですが、それと事業業績が関係ないのであれば会社がやる合理性はないです。何故その議論が入ってくるか。明らかに事業の将来性と関わる問題だから、入ってくるのです。EとSとGを別に議論していることはESG(環境・社会・ガバナンス)じゃない。これが連動して長期的な業績に関わる時代になったので、ちゃんと語りなさいよと言っているのです。
つまり一貫したストーリーなのです。ストーリーの脈絡の中で、DEIをこう考える、脱炭素はこう考えると説明されるべきなのです。でも、多くは個別の項目がたくさんあるテンプレート症候群になってしまっています。問題はテンプレート自体が本来ストーリーと結びついていなければならない。A社だったらA社の事業と財務の話をもとにしたストーリーとテンプレートを作っていかないといけない。
また、人材の裏付けも重要で、人材と金という2つの側面から、こういう事業をやりますということを語らないといけない。
松風 CGが改訂になり、いろいろ枠組みが増えるのはいいのですが、そのせいで企業が受動的になっていると感じます。
非財務のところも脱炭素を示せ、女性の比率を示せ、男性の育児休暇取得比率を示せ、みたいなことがわーっと来る。資本効率が日本企業は悪いと来る。それで受動的になって、枠組みに応えることが先行し、コミュニケーションがフリーズすることもあるのかなと思っています。
冨山 それはそうですね。会社のエクイティ・ストーリー、骨太なストーリーを語って伝えることが大事です。
株主とのエンゲージメントについて
冨山 エンゲージメントを担っていく人たちの質と量がすごく今後大事になってきますが、日本は、欧米と比較しても層が薄いです。これはいくつかの理由があるのですが、まず、日本企業の株価は全体でたいしたことがないから、海外の大手機関投資家が真面目にカバーしてくれないという問題と、国内の機関投資家の多くは、今までは物言わぬ与党株主だったわけです。同じ会社の中でバイサイドとセルサイドで揉めて、あの企業さんにはお世話になってるのに、そんなきついこと言わないでよ、となってしまうのです。そういうところのウォールがちゃんとしてないから、もともと弱いのです。また、投資信託も規模が小さい。さらにもう1つは、法律的な問題として、日本の場合には、大株主が背負う少数株主に対するフィデューシャリー・デューティ(受託者責任)がアメリカより甘い。
そういった意味で考えていくと、本来我々がここで議論しているような、あるべきエンゲージメントを担う投資家側・株主側のエンゲージメントの主体が育っていないという問題があります。これは結構深刻ですね。というのも、今、運用の主流が、実はパッシブに移ってるんですよ。
松風 そう感じるところはありますね。インデックス投資で済ませているという。
冨山 エンゲージメントをやらない前提でインデックスポートフォリオを組んで、あとは寝てるモデルでしょう?だから、すごくローコスト運用になるし、結局、リスク・リターンフロンティアに一番合理的に近づく方法は分散なので、理論的には間違っていない。
パッシブというのはエンゲージメントに関してはフリーライドモデルなのです。誰かがどこかでちゃんとエンゲージメントをやってくれて、だから僕たちは寝てます、というモデルなのです。なので、上場企業のエンゲージメントの問題というのは、ある種ゲーム理論的な不均衡、非効率に陥る市場の失敗が起きやすいのです。
欧米の場合には、インデックスファンドも超巨大で母数が大きいから、自分がどこの株を持っているとか関係なしに、例えばS&P500(株価指数の1つ)だったら、上のほうだけカバレッジするようなアナリストを抱えられて、そういう連中がやるのです。しかし、日本の場合、個々のファンドも小さいし、そういう人もいない。放置されるから結果的に質が伴っていない議論になってしまうという構図になっています。
松風 企業側から見ると、一部のアクティビストとのエンゲージメントと、あとはパッシブなインデックス運用の投資家との対話となり、これが「市場との全体感を持った建設的な対話であるか?」と言うと、対話の質的バランスが不均衡である、ということですね。
冨山 現状、アクティビストとはあまり生産的でないエンゲージメントの場合が多いです。なので、本来の健全な、長期的な企業価値の持続的な向上という基本的な価値観を持って全体の株価を押し上げるということに動機づけを持っている健全なエンゲージメント活動をどうするかは、日本においては今後の重要課題です。
冨山 和彦(とやま かずひこ)
株式会社経営共創基盤 IGPIグループ会長
株式会社日本共創プラットフォーム(JPiX)
代表取締役社長
ボストンコンサルティンググループ、コーポレイトディレクション代表取締役を経て、2003年、産業再生機構設立時に参画しCOOに就任。解散後、2007年、経営共創基盤(IGPI)を設立し代表取締役CEO就任。2020年10月よりIGPIグループ会長。2020年、日本共創プラットフォーム(JPiX)を設立し代表取締役社長就任。パナソニック社外取締役。経済同友会政策審議会委員長、日本取締役協会会長。内閣府税制調査会特別委員、金融庁スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議委員、国土交通省インフラメンテナンス国民会議会長、内閣官房新しい資本主義実現会議有識者構成員、他政府関連委員多数。東京大学法学部卒、スタンフォード大学経営学修士(MBA)、司法試験合格。
主著に『コーポレート・トランスフォーメーション 日本の会社をつくり変える』『コロナショック・サバイバル 日本経済復興計画』『「不連続な変化の時代」を生き抜く リーダーの「挫折力」』『なぜローカル経済から日本は甦るのか GとLの経済成長戦略』他。
松風 里栄子(しょうふう りえこ)
サッポロホールディングス株式会社
取締役
㈱博報堂、㈱博報堂コンサルティングを経て、2014年㈱センシングアジア創業、代表取締役(現任)。2016年、ポッカサッポロフード&ビバレッジ㈱経営戦略本部長、2018年から2022年までPokka Pte. Ltd.のグループCEOとしてシンガポールに在住。経営再建しつつ60か国のビジネスを統括。2022年日本に帰国し、現職、経営企画/計画とサステイナビリティを担当。2023年1月より、ポッカサッポロフード&ビバレッジ㈱代表取締役副社長、サッポログループ食品㈱代表取締役社長を兼務。ターンアラウンド、M&A、グローバルマーケティング分野で豊富な経験を持つ。「マーケティングホライズン」誌副編集長。