INTERVIEW


IR活動を第三者的に監視している
専門家の目線からとらえる
「攻めのIR 次はIRマーケティング活動」

石垣 昭之輔
株式会社アイ・アール ジャパン
取締役副社長

INTERVIEW

───まず、現職に就かれるまでのご経歴を教えていただけますか。

石垣 新卒で入社した会社は、日興コーディアル証券で、SMBC日興証券になる前の会社でした。そこで2年半仕事をし、現職のアイ・アールジャパンへ転職して16年半です。アクティビスト対応、プロキシーファイト(株主総会での議決権行使の委任状をめぐって株主と経営者の間で繰り広げられる争奪戦)と買収防衛の3点セットの対応をしてきました。
 この分野でこの十数年、日本において起きた主だった案件はほとんど関与していると思います。極めてニッチな分野ながら、経験数ではおそらく日本一だと思います。
 アイ・アールジャパンで、IRとSRのコンサルティングを主軸ビジネスとし、もう1つの大きな柱である有事対応においても相当数のプロジェクトリーダーを推進してきました。

───ご入社をされてから、市場環境が大きく変わってきています。アイ・アールジャパンの市場への向き合い方の変化について、お聞かせいただけますか。

石垣 入社当時、IRは受け身でしたが、現在は攻めのIRに変わりつつあります。これまでは、投資家から聞かれたときに答えることが仕事でしたが、積極的なIRに年々変化してきています。もっとも大きな変化は、IRと並んでSR(Shareholder Relations)の観点です。私が入社した2006年はSRという言葉すら存在していませんでした。
 個人的な推測ですが、アイ・アールジャパンがSR、SRと言い続けたから、SRという言葉が市場に定着してきたのだと思います。特殊な有事案件でもない限り、SRをやる必要がなかった時代でしたが、徐々に株主総会で議決権を確保していくためにSR活動が必要だと認識されました。機関投資家側から企業に対しSRをやって欲しいとリクエストが入ったのをきっかけに今では、攻めのSRになってきています。上場会社にとって市場との向き合い方は大きく変わり、自ら動いて情報発信していく必要が出てきています。
 ただ、攻めのIRが当たり前になれば、必然的にその次を求められるようになります。開示物の見せ方の工夫、例えばセグメントごとの収益などちょっと踏み込んだところまで出せるかどうか。また、業界全体の数値ですね。決算説明会資料の後ろに、業界全体の統計データが入っていると、アナリストからの評判が良いみたいですね。

───正確な数字で説明があると、説得力が増すということでしょうか。

石垣 そうですね。2013年時点で、アイ・アールジャパンの統計を見ると、アクティブ運用をする人たち、つまり、この会社の株は値上がるか?などをリサーチして、ポートフォリオに組み込んで運用する人たちが日本に投資している中で大体8割ほどで、インデックス運用に関わる人は2割しかいなかったんです。投資家の8割がIRの対象だったわけです。
 これが2023年直近では、インデックス運用が56%まで増えています。ということは、ざっくり4対6で、IRの対象になる投資家は4割分しかないんです。つまり、確実に投資家の取り合いが生まれているわけなんです。
 この流れからIRとしてどういうことが必要なのか?これからの大きな変革期に入っていくだろうと見ています。受け身から攻めのIRに転じ、その内容が評価されてきましたが、大事なのはその先ですね。今4ステップ目くらいですけれども、このような状況下で企業のIRで何を語るか?ということが重要な時期に差しかかってきていると思います。
 IRの中では大きな論点がいくつかあります。
正解がない中で客観的事実をとにかく丁寧に伝えて適正株価をつくること、また、過剰な反応や不当に低い評価を受けないで、適正な株価水準をつくるのがIRだという考え方があります。
 ここまでパイの取り合いになってくると、悠長に適正な株価をつくるだけではなかなか苦しいと思うんですね。そうしたとき、IR活動自体がマーケティング活動になってくると思っています。自社の株をどうマーケティングするかということだと思うんです。
 これから5年、10年先を見据えてどう成長していくのか、事業ポートフォリオをどう見直していくのか、トップが投資家の心をぐっとつかむ話し方で持っていけるかということだと思います。
 究極を言ってしまえば、自社株をどうマーケティングするかという話だと思いますね。誇大広告になってはいけないんですけれども、そういうことだと思いますね。

───成功事例を紹介してもらえますか。

石垣 大手食品A社はずっとIRの評価が高いです。IRが投資家へ資料から何から丁寧に説明されて、良い関係を築けています。あとは、大手機械B社ですね。私が入社した17年前から株価が大きく上昇しました。時価総額が1兆円くらいだったのが、今では6兆円ほどになっています。機関投資家のアクティブなお金をつかまえて、それが買い上げた成果が株価と時価総額だと思いますから、間違いなくIRが成功していると思います。
 2社に共通して言えることは、IR担当者が機関投資家を良く知っていること。今度来るアナリストは、前にどこのファンドで何をやられていた方だとか、日々細かく勉強されています。運用機関は転職が激しいですからね。
 もう1つは、どこの誰をターゲットにするか。コロナが落ち着き、海外の機関投資家への説明(ロードショー)に行く際、どこに行くのか。海外IRのロードショーは、多くの企業が証券会社に依頼し、証券会社が無料でアレンジする場合が多い。その場合、証券会社は面談をした人たちが自社の証券会社に売買の発注をしてくれれば儲かる構図なので、そこにバイアスが働くことが大きな問題点だと思っています。
 そもそも無料でしてくれるのは、証券会社側にメリットがあることですから、時間をかけて海外のロードショーに行っても、アレンジされたのはいろいろなヘッジファンドばかりで、挙げ句そのヘッジファンドは、この会社を空売りしようかという面談をしているんですね。ですから、IRの方々は、海外のロードショーを真剣勝負の機会だと捉え、自分たちで戦略的な計画を立てることが大事だと思います。

───コーポレートガバナンス改定について、どのように捉えていますか。

石垣 社外取締役がコーポレートガバナンスにおける、1つの大きな柱であるのは間違いないと思います。委員会設置会社でなくても、監査役設置会社においても過半数が社外取締役になるような上場企業が今後増えていくと思います。そうしたときに、社内取締役でも社外取締役でも同じ1票ですから、社外取締役が過半数を占めるということは、すなわち社外取締役のひと塊が経営支配権になるという重みをしかと考えておく必要があると思います。 

───社外取締役として必要な要素とは何でしょうか。

石垣 人間力をお持ちの方でしょう。社外取締役の仕事は、訴訟のリスクなど含め給料の割に合わないくらいの責任が存在している仕事なんです。その会社のためにどうすべきかということを考えて頑張っていただける人間力と胆力を持っている方だと思います。そういう方をしっかり頑張って見つけて招へいしなければいけないと考えます。

───胆力がある人というのは、どういう経験をされているのでしょうか。

石垣 修羅場をくぐってきた経験の回数でしょうか。また、何かしらの組織でトップに立った経験のある方。それなりの胆力がないとトップにはなれない、トップになった経験があるということは胆力が備わっていらっしゃる方ということです。

───これからのIRに求められる人材についてはどうお考えですか。

石垣 自ら経営に近い存在になっていく意識をお持ちかどうか、そこが大きいと思いますね。要するに、上場会社は株価を上げることが大事であり、その株価を上げるために、いろいろな投資家と会ってコミュニケーションしていき、外から聞いた話の大事なエッセンスを経営に上げて活かしていく、そういったパイプ役がIRに求められることですから。

───企業IRの役割、コミュニケーション戦略についてはいかがですか。

石垣 今までの上場会社は「御社の株価、思うように上がってこないですね、今後どのような対策を打たれますか」と投資家から聞かれても、「自社の株価については市場が決めることなので会社として株価に言及する立場にない」と答えるのが常でした。
 東証がPBR1倍割れしている(株価が1株当たり純資産を下回っている)会社に対して、どう改善できるかを説明してくださいと迫ることは、自社の株価が低いことを認めた上で、株価を上げるために我々はこうしますと、コミットしなければいけないわけです。これはとても大きなことなんですよ。
 PBR1倍割れしている会社というのは、相応に魅力がないということですから、改善計画を出し、1つずつ実行していく過程において、IRというのは大車輪の働きをしなくてはいけないわけです。日本株へのアクティブ投資が少なく、パイが取り合いになっている中で、経営者のメッセージを打ち込んでマーケティングしていくこと、PBR1倍割れも含めて、上場会社が自社の株価に対して積極的に言及していくことが大事です。株価イコール経営責任ということでいくと、株価の行方を握っているIRの責任は飛躍的に増していると思います。

───最後に読者に向けメッセージがあればお願いします。

石垣 サッカーのワールドカップでも先日行われたWBCでもそうですが、日本はすばらしいじゃないですか。この島国がいろいろな意味で本当に良くやっていると思うんですよ。ですが、資本市場という世界では日本の時価総額は世界との相対比較で見ると下がり続けてます。一方、それぞれの日本企業の中には相当のキャッシュが貯まっているという、いびつな構造になっています。
 世界基準で見たときに、株価が安いのにキャッシュが貯まっているのでは、アクティビストから揺さぶられますよね。この何十年と、戦後コツコツ日本人が蓄積した資金がストックされている企業が多い。これはある種国益であり、日本全体の体力だと思うんですが、これをアクティビスト投資家に揺さぶられて、どんどん世界に流れ出ているという事実があります。
 私はこの現象を止めたいと思っています。経営の時間軸とアクティビスト投資家が求める時間軸というのは決定的に違いますから、大きな方向性が一緒であっても何から手をつけて、どの時間軸でやっていくか。経営者はいろいろなリスクを考えながら安全策をある程度取ります。その時間軸のギャップは今後も埋まりませんので、うまく時間稼ぎしながらどう市場と付き合っていくかということです。
 今後、IRはそのギャップをどう調整していくかを考え、うまく調整しながら、投資家に期待される会社としてアピールしていく。そして、日本企業が少しでも時価総額をアップできるように邁進してもらうことが、最終的に日本国の文化や、アイデンティティを守っていくことにつながるのだろうと思います。
 そして、今まで蓄積した原資を次世代に再投資していくような流れをつくれるかどうかという意味でも、IRはとても重要な役割を担っていると思っています。

───本日はありがとうございました。

(Interviewer:徳田 治子 本誌編集委員)

石垣 昭之輔(いしがき あきのすけ)
株式会社アイ・アール ジャパン 取締役副社長

2006年にアイ・アール ジャパン入社後、日本国内で発生するプロキシーファイト(委任状争奪戦)、TOB(友好的/敵対的公開買付け)の大半でアドバイザリー業務を受託。平時のIR・SR支援から、有事におけるオフェンス/ディフェンス双方の案件まで、幅広い案件のコーディネート経験を有する。
2022年11月に取締役副社長に就任。案件受託実績の拡大に取り組んでいる。