第9回
創造的思考の4段階説を考える①

Something New

 今回は今まで取り上げてきた内容のおさらいをしながら、心理学や認知科学において代表的な創造的思考の4段階説を考えてみましょう。

第1段階:収集/試行錯誤

  私たちが特定のテーマとなる新規のアイデアを求められた時、まず何をするでしょうか?最初にそのテーマについて自分が持っている知識を踏まえて、さらに新たな関連する情報や知識を集めることでしょう。今では気軽にスマホやネットで検索する方も多いのではないでしょうか。また人に聞いたり文献で調べたりと、基本的にはテーマとなるデータの収集が主なものになります。これが代表的な創造的思考の4段階説の第1段階と呼ばれるものです。
 もう少し詳しくこの第1段階を見てみましょう。この段階では収集した情報や知識をもとにあれこれ考えをめぐらしながら、Something Newとなる何か新しいアイデアを出そうと試行錯誤します。創造的思考は拡散的思考とも呼ばれて、通常の論理的に順次考察しながら結論を出していく収束的思考とは異なり、自由にあらゆる方向に拡散しながら思考する点が特徴となっています。ところが、現実的には限られた知識や情報の土台となっている常識やステレオタイプ等の持つ制約(常識の罠)により、なかなか斬新な考え方や新しいアイデアを出すことが困難になりがちです。
 このような現象について、「思考の整理学」の著者である外山滋比古は「見つめる鍋は煮えない」という風変わりな諺を引いて表現しています。鍋の中身が気になり(そこに集中して)、頻繁にフタを開け閉めしているとなかなか煮えないという例えで、固定した視点からの思考は新たな見方や考え方とはほど遠いことを示唆しています。実際のアイデア出しのシーンでも、皆さんもきっと行き詰まった経験があるでしょう。この行き詰まった状態がインパス(impasse)と呼ばれるものです。
 第1段階の収集と試行錯誤とは、実はこのようなインパスに陥ることと表裏一体になる場合が多くなります。そしてインパスになると、負荷がかかりストレスやいらいらといった感情が起きやすくなります。つまり第1段階は、このような負の感情を伴いがちだという点にも注目です。

第2段階:あたため/孵化期

 課題となるテーマについていよいよ行き詰まったら、皆さんはそれからどうしますか?
 いくら考えてもアイデアが出ない!となった時、そのまま悶々としながら試行錯誤を繰り返すのか、あるいは考えるのに疲れ果てて離れてしまうのかさまざまでしょう。
 先ほど取り上げた「見つめる鍋は煮えない」の例えは、じっと課題にフォーカスして縛られるのではなく一旦離れることを勧めたものです。それまでずっと思考してきた課題から離れてしまっても大丈夫なのか?今までやってきたことを忘れてしまうのではないか?などと不安も出てきます。実はこのような不安は、日常生活で一般的な論理的思考(収束的思考)にとらわれた見方があるから出てくるものです。つまり数式で解を求めるような通常の数学的思考では新しいアイデアを生みだすのが難しいのと同じことです。
 では閃きやアイデアを生みだすためには、どうしたらいいのでしょうか?この難問に対して過去の偉大な発見や発明を行った先人たちは、自身の体験からあれこれ思索した事柄から「いったん離れる」あるいは「タブララサ(tabula rasa):課題から離れて頭を空っぽにする」な状態にする大切さを示しています。
  この「離れる」「課題に対して頭を空にする」ということは、試行錯誤したりいろいろと巡らせた考えをそのまま放置して寝かせるということになります。これらの考え方の背景には、お酒ができるプロセスに例えた「発酵説」や卵からヒヨコが生まれるような「孵化説」などのメタファ(比喩)があります。つまり離れて放置しておいた結果、後日ひょっこりと思いもしなかったようなアイデアが誕生した経験則をもとにしたもので、あたかも脳の中で発酵したり孵化するかのような働きが生じたと見なすものです。
 このようにインパス(第1段階)から離れる段階を、第2段階の「あたため」あるいは「孵化期」と呼びます。

第3段階:閃き(ひらめき)

 課題となるテーマのアイデアづくりで行き詰まるインパスから、いったん離れて白紙状態にする「タブララサ」の段階に入ることは意識的思考から潜在的思考に入ることを意味します。長年この意識下の潜在的思考についてはブラックボックスでした。医学や認知科学分野など関連分野からの最新の研究により、睡眠中の夢と同様に試行錯誤で出てきたさまざまな情報や知識の断片的ピースが、ランダムな形で結合し予想だにしなかった新たなアイデアを生み出すことが解明されてきています。
 このブラックスボックスの中での発酵、つまり潜在的思考の中で自由に結合して生みだされるのが、︽閃き”であり︽アイデア”となるものです。そしてこれが創造的思考の4段階説の第3番目となる「閃き」の段階となります。そして続く第4段階は、このアイデアを実現しうるかどうかの「検証」となります。
 この4段階説で注目すべき段階は、潜在的なメカニズムにより閃きを生みだす第2段階の「あたため/孵化期」であることに気づかれることかと思います。アイデアとは論理的に考え抜いて生みだすものと漠然と考えていた方は、思いきって課題から離れて頭を空にしてみてください。ある日突然閃きをキャッチできる機会に遭遇できるかもしれません。是非トライされることをお勧めします。

中島 純一
公益社団法人日本マーケティング協会 客員研究員