寄稿


目に見えない精神価値を活用して、
目に見える経済価値を生み出す
「SBNR型経営」とは

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株式会社SIGNING  共同CEO/Strategist
牧 貴洋 氏

今、海外で増えている「SBNR」層

 SBNRとは「Spiritual But Not Religious」の頭文字で、直訳すると「無宗教型スピリチュアル」。特定の宗教を信仰しているわけではないが、精神的な豊かさを求める人々のことを指します。このSBNR層が近年欧米を中心にどんどん拡大していると言われており、米国の調査機関※1「Pew Research Center」が行った調査によれば、米国民のおよそ4人に1人がこのSBNR層に該当します(図1)。

  「スピリチュアル!?そう言われるとなんだか怪しい感じも…」と思われるかもしれませんが、このSBNR層は、「ヘルシーで健康的な食事」、「自然やアウトドアとのふれあい」、「リトリート」や「マインドフルネス」、「多様性社会」や「サステナビリティ」などへの関心が高い、いわゆる“現代的で先進的な”価値観を持つ人々とされています。あらゆるモノが満たされた現代社会において、人々は物質的な豊かさよりも精神的な豊かさを求めるようになっており、SBNRとはそういった時代変化に呼応する形で生まれてきた価値観・ライフスタイルなのです。
 筆者の所属するSIGNINGでは、2023年4月に博報堂と共同で、このSBNRをテーマにした研究レポート※2『SBNR Report 〜こころ、からだ、しぜん、つながりが気持ちいい経営へ〜』を作成しました。
 本記事では、この『SBNR Report』の内容を踏まえ、今世界的に広まっている新トレンド「SBNR」が経営、マーケティングに対してどんなヒントをもたらしてくれるのか?ビジネスにおける可能性について解説していきます。

「SBNR」が生まれた背景

 SBNRという概念は、もともと2000年代に米国で広まった概念です。米国では伝統的にキリスト教が社会の精神基盤とされてきましたが、1970年代以降、国民がキリスト教会に所属しない傾向が強まってきていました。こうした社会変化を捉えた書籍『Spiritual but not Religious』(Erlandson著)が2000年に刊行され、その頭文字である「SBNR」が、その後の米国の宗教事情や精神事情を表すものとして広く使われるようになっていきました。
 それがコロナや戦争、格差、AIといった昨今の社会変化のなかで、ウェルネス/ウェルビーイングやメンタルヘルスへの関心が高まっていくのと同じように、再び大きな注目を集めるようになっていったのです。
 「SBNR」の対象となる領域は非常に広く、抽象的で、その定義も多様であるため、端的に理解することが難しいのですが、その大きな特徴としては、「自身の精神的充足に、文化や歴史・思想・宗教などが蓄積してきた知恵や行動様式を、これまでの教義や慣習、団体などに縛られることなく、個人の自由意志にもとづいて取り入れられている点」にあります。欧米のSBNR層に関心の高いものとして「禅」や「瞑想」があげられますが、これが宗教的な定義や教義にもとづいて厳密に運用されていたり、実践者の多くが熱心な仏教徒だったりというわけではありません。禅や瞑想といった、科学的効用が明確に証明されてコンセンサスとなっているわけではない東洋文化のなかの一つの行動様式を、信仰とは関係なく自分のライフスタイルの中に積極的に取り入れる。こうしたことが、欧米では多く見られています。

日本における「SBNR」

 ここまで、主に海外の事例を中心にお話してきましたが、日本においてはどうなのでしょうか? SBNRは日本ではまだあまりメディアで見かけることはありません。しかしながら例えば禅が海外で「Zen」となって注目を集め、そこからまた日本に逆輸入されて日本でもムーブメントになる。そういった動きが、SBNRにおいても今後起きていく可能性は高いと筆者は見ています。また、現時点ですでに顕在化している動きとして、このSBNR層を対象にした様々な取り組みが、特にインバウンドや地方創生の領域では大きな盛り上がりを見せています。大阪・関西万博の「ウェルビーイングウィーク」におけるテーマの一つとしても「SBNR」は取り上げられていたり※3、関西広域DMOの一般財団法人関西観光本部は、関西圏における長期滞在型旅行者の獲得を目指し、SBNR層をターゲットとしたツーリズムの訴求を行っています※4
 インバウンドや観光以外の領域でも、「心の豊かさ」を提供する商品・サービス・体験は幅広い世代で人気を博しています。例えば、アウトドアやキャンプ、サウナ、リラクゼーションドリンク、睡眠ケアなど。それ以外でも、より日本文化との接続性の強いところでは、誰でも手軽にメディテーション体験ができる瞑想スタジオや、ヨガ・座禅体験を売りにした宿泊施設、「書く瞑想」と言われるジャーナリングをアプリで簡単に行うことができるサービスなど、ウェルネスやメンタルケアを、東洋文化・日本文化の持つ伝統・知恵・知見・作法を活用して行うものなどもどんどん登場してきています。
 こうした消費の潮流やライフスタイルのトレンドは、これまで「ウェルビーイング」や「メンタルヘルス」といったキーワードから理解されることが多かったですが、SBNRという新しい概念/消費者/価値観のレンズを通すことで、この大きな概念・ムーブメントをより具体的に、解像度を上げて捉えるヒントを与えてくれるといえます。

SBNR層とは、Soul・Body・Nature・Relationshipを大切にする人たち

 SIGNINGで行った調査では、このSBNR層は日本人で非常に多いという傾向が見えており、国民の43%がこれに該当します(米国では8%、フランスでは17%)※5 。他国と比べ、特定の宗教を強く信仰していたり、宗教団体に所属してその教義を厳密に実践している人が少なく、皆がゆるやかに神様や仏様の存在を感じ敬いながら暮らしている、日本ならではの特徴が出ているかと思います。また、このSBNR層は、女性・若年層が多く高年収で、健康・旅行・食・自己投資への意欲も高い、ビジネスターゲットとしても有望な層と言えます(図2)。

 『SBNR Report』では、このSpiritual But Not Religiousな人たちを、Soul(こころ)、Body(からだ)、Nature(しぜん)、Relationship(つながり)を重視する人たちとして、S・B・N・Rのライフスタイル視点での再解釈を行いました。このときのポイントは、S・B・N・Rそれぞれが分断せず、つながり合って高め合うような関係になっていることです。例えば山岳信仰の根付く山にハイキングに行く行為は、「しぜん」に身を投じて澄んだ空気や陽の光をあびながら、山を黙々と登って体を動かし、その地に根付いていきた信仰の歴史や地域文化とのつながりも感じながら、心のやすらぎを得るものと解釈できます(図3)。

 単に部屋に閉じこもって瞑想するだけ、とか、運動をしてリフレッシュする、というだけではない包括的な体験を通じて精神的豊かさの充足を得る行為、それがSBNR層の志向するものと言えそうです。つまり、SBNR的ライフスタイルとは、「メンタル」「フィジカル」や「うち」と「そと」という二項対立で考えるものではなく、こころ・からだ・しぜん・つながりを一体のものとして捉え、それぞれを融合させながら豊かな精神性を追求するものであり、こうした行為が日本人にとって自然なものになっている背景には、「心と体は一体」(心身一元論)や、「自分は世界と歴史の一部」(主客未分)といった日本人特有の感性や感覚があるとも捉えられそうです。
 日本に根付く仏教には内省的側面があります。また、武道や能においては、身体知という体の動き・感覚を通じて知識を蓄積したり世界を理解する概念もあります。自然信仰は古来から続き、そのエッセンスはいまも現代人にも残っている馴染み深い考え方です。先祖や祖先を敬うということもまた、他者や歴史との「つながり」への想像力の一因とも言えるでしょう。このように、日本はSBNR的ライフスタイルのバックボーンとなる多様な伝統、文化、習慣が根付いた、「SBNR資源大国」とも言うことができます(図4)。

世界的なSBNRムーブメント=日本の価値の再発見

 言うまでもなく、この数年で、世界は激変しました。AIの進化は、人間の生産性を高める手助けをしてくれる一方で、「人間にしか生み出せないものは何か?」「私たちの知性・創造性を何に使っていくべきなのか?」を私たちに強烈に問いかけてきます。気候問題や未知の感性症拡大、毎年のように猛威をふるう自然災害からは、これだけ経済・技術・科学が進化した現代においても、「人智を尽くしきってもどうにもならないことがある」という厳然たる事実に気付かされます。利潤だけを追求しつづける企業運営のあり方は、企業の暴走をうみ、深刻な経済格差や経済対立、社会の分断と緊張も引き起こしています。そうした中で、「私たちの本当の幸せはどこにあるのか?」「自然と人間の関係性は今のままで良いのか?」「企業や組織のあり方はどうなっていくべきなのか?」といった、近代科学、西洋哲学・西洋宗教だけでは解き明かせない人類の根源的な問いに対するヒントが、日本の精神文化の中にあるのではないか? 欧米での日本文化への注目やSBNR層の拡大は、このような背景・文脈のなかで生まれてきた側面もあります。つまり、SBNRという世界的潮流の日本における意味とは、単なる消費のブーム、トレンドということを超えて、先行きの不透明な時代の必然として起きている、日本の文化・精神性が持つ価値の世界からの再発見であり、世界と人類が直面する根源的な問いに対して日本ならではの新しい道標や解決の道筋を示していく可能性を秘めたもの、と言えるのではないでしょうか。
 そのときに大切になるのは、単なる日本の古き良き伝統文化への回帰ではなく、日本に古来よりあった文化風習を、個人や人間性を尊重しながら再解釈・再構築していくことです。これが、SBNRにおけるキーファクターとしての︽Not Religious”にしていくことにもつながっていくと筆者は考えています(図5)。

SBNRムーブメントが与える経営への示唆

 ここまで見てきた「心の豊かさ」を志向する世界的なSBNRムーブメントの背景やライフスタイルとしての特性をふまえ、最後にこれが経営やビジネスにどう繋がっていくかを考えていきたいと思います。
 日本能率協会が日本の経営者を対象に行った「3年後の経営課題」では、「人材の強化」がもっとも高く挙げられていました。また、先行き不透明な時代にいかに収益を上げていくかも重要な課題となっています。こうした経営者が考える課題を「人間誰もが希求する心の豊かさ」というSBNR的レンズを通して大きく読み解くと、「①社員の心の豊かさをどう高められるか?」、「②顧客の心の豊かさをどう高められるか?」の2つに整理できそうです。この経営課題に対応させるカタチで「SBNR型経営」を考えるならば、それはつまり、「こころ・からだ・しぜん・つながり」を融合させながら、社員も顧客も幸せにする経営と言えます。より実践的に解釈するなら、それはES(従業員満足)とCS(顧客満足)の循環によって企業の競争力を生み出していく新時代の日本型経営メソッドであり、社員を幸せにし、顧客を幸せにすることを通じて、会社も社会も幸せになっていこうということだと思います(次ページ図6)。

 社員の心の豊かさを高めるための活動例としては、①会社が答えを示すだけでなく、社員の内省的問いを生み出し、社員の自立や創造性を促進する、「問いを生むパーパス」。②会社の未来ビジョンを語るだけでなく、会社の歴史にも触れてもらうことを通じて組織への目に見えない「つながり」に価値を感じてもらうための「社史や企業ナラティブの編纂」。③能力開発においては、知識だけでない体で考え感じる力を養うための、「身体知研修」。顧客の心の豊かさを高めるための活動例としては、④運動や自然、文化とのつながりなどを通じた「心の充足を提供するサービス(シン消費)」や、⑤心の絆だけでない、習慣・作法をともなった「リチュアルブランディング」、⑥体験設計のなかに一定の偶発性やユーザーが自由に使える余白を用意しておく「不便益マーケティング」などが挙げられます。
 「こころ・からだ・しぜん・つながり」がもたらす精神的価値に気づく力、共感し合える力は、豊かな自然に囲まれ、調和的な感性で生きていた日本人ならではの特有の力です。このような形で、目に見えない精神的価値を経営に活用し、目に見える経済価値を生み出していくことは、混迷を極める一体化・対立を繰り返すこれからの世界の中で、日本人・日本の企業の強みになっていくのではないでしょうか。

《注釈》
※1 https://www.pewresearch.org/short-reads/2017/09/06/more-americans-now-say-theyre-spiritual-but-not-religious/
※2 https://signing.co.jp/report/sbnr-report/
※3 https://www.expo2025.or.jp/wp/wp-content/uploads/tw-shiryou20230602-1.pdf
※4 https://honichi.com/news/2021/02/24/kansaitourismbureauinterview/#kansaitourismbureau-4-3
※5 【調査概要】
・インターネット調査
・2022年12月21日(水)〜25日(日)
・20-69歳男女/全国
・国内1000サンプル/海外900サンプル
・調査機関 株式会社マーケティングアンドアソシエイツ
SBNRの調査での定義「精神的な豊かさを大切にする暮らしを実践して いる」あてはある+ややあてはあま
and
「信仰している宗教がある」 あてはまらない+あまりあてはまらない

牧 貴洋(まき たかひろ)
株式会社SIGNING  共同CEO/Strategist

博報堂で戦略プランナーとしてキャリアを重ねる。2020年4月にSocial Business Studio「SIGNING」設立に参画し以降現職。社会・暮らしの「キザシ」を捉えながら、事業・ブランドの成長のための構想と実装に従事。