by 井上 真
アイ・シー・ネット株式会社
経営戦略部 企画営業室長
学びは、ときに苦しい。私は一度社会人になってから、大学院に行き直したが、修士論文を書きあげる直前など、苦しみの記憶しかない。みなさんはどうだろうか。
さて、私たちは今日、TED TalksやYouTubeなど国内外の良質な教育コンテンツを無料で入手できる時代に生きている。以前より容易に知識を得られるようになったが、コロナ禍においては、直接モノに触れたり体験したりする、五感で学ぶ機会については減少している。ハイデガーという哲学者は、ある概念についてどんなに多くの知識を持っていようとも、心が揺さぶられなければ理解したことにはならない、と言っている。広く浅く学ぶことが容易な現代だからこそ、心を揺さぶるような学びの重要性が増していくだろう。では、心が揺さぶられるにはどうするか、私は、地方での学びにそのヒントがあるのではと考えている。
学校教育において、以前から自然体験やボランティア活動といった体験活動の充実が求められてきた。令和4年4月には、「探究的な学習」という、新しい教育が導入されたのをご存知だろうか。探究的な学習とは、1)体験活動などを通じて課題意識を持ち、2)その課題にかかわる情報を収集し、3)情報を整理・分析し、4)自分の考え方をまとめていく、という学習プロセスである。素晴らしいコンセプトだ。ただ、これを効果的な学習とするには、どう実践するかがポイントとなる。そこで、私の所属する学研グループのアイ・シー・ネット株式会社は、この探究的な学習の実践の場として、地方への教育旅行事業をスタートした。本稿では、その経験からみえてきた地方での学びの可能性や課題について考えてみたいと思う。
教育旅行のうち、代表的なものは修学旅行だろう。修学旅行は本来、学びを得ることを目的としているが、学生だった頃を思い返してみると、先生の見回りを掻い潜ってまくら投げをしたことくらいしか覚えていないし、文化遺産の見学などをしても、物見遊山に終始し、学んだ記憶など全くない。もちろん、これは私の意識の低さの問題かもしれないが、学校が決めた行き先にただ連れていかれ、「さぁ学べ!」と言われてもほとんどの学生は学ぶ気にならない。
では、そうならないためにどうしたらいいのか思案してみると、学生自身が興味を持てるカラクリが必要なのではないかと気がつく。当社の教育旅行事業は、学生が関心を持つテーマを設定し、ただ体験するだけでは終わらない、自分たちでテーマを探究していくプログラムとしている。たとえば、三重県伊賀市でのプログラムでは、「忍者」がテーマである。忍者の子孫へのインタビュー、古文書の解読、文献調査、仮説設定ワークショップなどを通じて、「忍者」の実態を探究した。これらの探究を通して、情報収集、分析、インタビュー、論理的思考、プレゼンテーション力までもが鍛えられ、同時に地域文化への理解が深まることも期待できる設計だ。
面白いテーマであれば、人は自発的に学ぶものだ。たとえ、伊賀市の忍者の例のようにエッジの効いた地域資源がなくても、面白いテーマ設定は可能である。たとえば、静岡県掛川市で実施した修学旅行では、「お茶農家が抱える課題を商品開発によって解決する」というテーマで、課題解決型の教育旅行を企画した。お茶農家からのインタビュー、農家体験、商品開発ワークショップなど、学生も高いモチベーションで参加してくれ、中には、自身の卒業旅行で再度掛川を訪れたグループが出たほどである。
参加者は、一連の学習プロセスにおいてチーム内で意見をぶつけ合い、社会課題を自分ごととして捉え、自身の関心のありかを再確認していて、仲間とのつながり、ひいては社会とのつながりまでもが強化されているように感じた。学ぶという行為は、つながりを作り出す行為ともいえるかもしれない。
こうした地域課題の解決型もしくは探究型の教育旅行では、観光資源の少ない地方であっても、学びの場となりうる。近年の教育旅行の傾向として、大都市への移動を控え、近隣で実施する学校が急増しており、これまで教育旅行を誘致したことがない地域にも旅行誘致の機会が生まれている。また、先ほども述べた通り、4月に「探究的な学習」がスタートしたこともあり、今後はいろいろな形の教育旅行が生まれるだろう。
地方の旅行誘致を目指す方々がもしこの記事を読んでいるとすれば、そうした教育旅行を実施する上で注意すべき点が一つある。それは受け入れ側の負荷である。学んでもらうという行為は、受け入れる側にとって何かしらのストレスを生じるものだからだ。
途上国へのスタディツアーで参考となるケースがあった。インドネシアの地方の村に日本人を連れていき、現地の生活を体験するだけでなく、村人へのインタビューなどを通じて課題を分析し、改善のアイデアを発表するというプログラムだった。発表されたアイデアに村人は喜び、日本人も満足して帰国したのだが、実際にそのアイデアが実行されることはなかった。そして次の年、同じことが繰り返される。これでは受け入れる側が疲弊し、そのうち受け入れを拒否するだろう。地方を訪れて一方的に学ぶだけでは持続性はないのである。では、どうしたらいいのだろうか。
地方を持続性のある学びの場とするには、受け入れ側に金銭的なメリットが必要だ。一般的な修学旅行では、大手旅行代理店に委託されることが多く、その場合、地元に落ちるお金は宿泊費と交通費、お土産代や飲食代に限られ、これは旅行予算の30%程度にしかならない。それに対して、当社の教育旅行事業では、地元の旅行代理店や引率者などを事業に巻き込んでいる。そのことでより地元にお金が落ち、地域への経済効果を生み出す設計だ。
金銭面以外では、自治体にとっては関係人口の増加もメリットの一つだ。表面的な学びではその土地を再訪しようとは思わないが、探究型や課題解決型による学びは、その土地の人と触れ合い、考えを聞き、課題を自分ごととして捉えるようになるため、その地方とのつながりを作り出す。修学旅行先の掛川を、自身の卒業旅行で再訪した学生のように、地方での学びをキッカケに、その地域との深い精神的つながりが生まれることが期待できる。人口減少を止められない地方において、学びの場を作り出すことは地方創生の大きな可能性を秘めている。
ここまで学生の教育旅行について語ってきたが、地方における学びの有用性は社会人にもあてはまる。当社は、同じ学研グループである株式会社ジェイテックスマネジメントセンターと一緒に、「価値創造オンラインフィールドワーク」いう企業向け研修を実施中だ。この研修はビジネスにおいて価値創造ができる人材育成を目的としており、他社との混成チームで地方の課題解決に取り組むプログラムである。参加者は、相互に他社のチームメンバーから刺激を受け、対象の地域に親近感を覚え、学生と同じようにつながりを作り出していた。学生との違いは、よりビジネスの視点から社会課題に取り組むことができ、作り上げたアイデアに実現可能性があることだ。地方では様々な社会課題がある。ネガティブに語られることが多い社会課題だが、これら課題は学びの教材となるだけでなく、イノベーションのヒントでもある。学びというインプットをするだけでなく、事業としてのアウトプットにつなげていけば、地方での学びから新しい時代が生まれてくるかもしれない。
冒頭文を、訂正しよう。学びは最高に楽しい。
井上 真(いのうえ まこと)
アイ・シー・ネット株式会社
経営戦略部 企画営業室長
途上国での社会課題解決事業を得意とするアイ・シー・ネット株式会社に入社後、研修事業やODA事業、海外展開コンサルティング事業に従事。2021年に途上国のビジネス情報を伝えるメディア「NEXT BUISINESS INSIGHTS」を立ち上げ、編集長に就任。
2013年に中小企業診断士資格を取得しており、副業として中小企業の経営相談なども行っている。https://getnavi.jp/nbi/