by 亀田 俊
一般社団法人熱中学園 事務局長
大人のための「小学校」
「起立!」「礼!」一斉に立ち上がって挨拶をするのは、平均年齢50歳台の生徒たちだ。2015年に山形県高畠町で産声を上げたこの学校は、その会場として廃校となった旧時沢小学校の校舎を活用したため、「元が小学校なら名前も小学校に」となった。しかも、この学校はかつてのTVドラマ「熱中時代」のロケ地であったことから、「熱中小学校」という名称がつけられた。大人のための社会塾・学び舎としてスタートしたこの学校は、「とにかく何かをしたい」「そのために学びなおしたい」「地元地域を活性化するために集いたい」という熱い思いをもった大人たちが集まり、月1回、2時限の授業を受ける形で始まった。
2022年5月現在、国内20校、海外1校、生徒数1,100人にまでそのネットワークは広がった。
珠玉の講師陣
先生を務める各界で第一人者として活躍されている講師の方々には、当初より旅費のみの負担で、講演料なし、つまりボランティアで授業をしていただいている。しかし、趣旨に賛同していただく方が次々と現れ、「自分たちも多くを学べる」「普段行かない地域を訪れるのは大きな楽しみ」と、極めて高い満足度を示していただいている。担当科目は非常に多岐にわたり、社会、IT、スタートアップ、英語、国語、文化、共生、料理、体育、美術、医療などなど、2022年時点で320名を超える先生たちは、活躍される分野も年齢層も極めて多様である。この先生方の存在が、熱中小学校プロジェクトを支え、価値の高いものに育ててくれた源泉である。
生徒ファースト、
自主性発揮が基本
熱中小学校には、全校共通の目的・目標がない。なぜなら、地域ごと、チームごと、個人ごとに課題は異なり、リカレント教育を受けていく中で、自らが目的や目標を見出し、挑戦していくことを重視しているからである。
そうした発見は、好きなもの同士が集まって課外活動、つまり部活動を行い始めることから見出されるケースが多い。動画部やアウトドア部など、趣味的な内容が多いが、その中から起業にまでこぎつけた生徒もいる。
また、学校を超えた活動や、運動会や祭りなどのイベントも開催されるようになった。
共通の考え方は、キャッチフレーズである「7歳の目でもういちど世界を」と、別掲の「熱中の流儀」として浸透している。
災害復興にも貢献する
学校活動
宮城県丸森町。県南に位置し、阿武隈川の流れるこの町に、熱中小学校を開設する準備をしていた2019年10月12日、台風19号がこの地を襲い、堤防が決壊し、甚大な浸水被害を受けた。復興・復旧が最優先で、大人の学校どころではない状況の中、「こういう時こそ人々が集い、学び、そして地域の復興に貢献すべき」と唱える人々が現れ、集客に苦労をしながらも2020年6月、「熱中小学校丸森復興分校」として開校した。試行錯誤の中から、学びの傍らで町の施設の復旧清掃作業や、2年ぶりに全線復旧した阿武隈急行の支援など、活発な活動が行われている。「学びの場」を活用して地域貢献のチームビルドができた好例である。
ほぼ1年後、今度は開校準備していた熊本県人吉市、球磨地域でも水害が起きた。丸森の生徒はもちろん、同じ九州の学校生徒や先生の献身的な協力も功を奏し、ここでも2021年の10月に無事開校を迎え、他の学校以上に熱心な学びや諸活動が行われている。
いち早く「ハイブリッド型」
授業を実施
もともと熱中小学校では、先生と生徒たちが同じ空間を共有し、直接の関りから生まれる熱意や動機、そして「化学反応」と呼んでいる思いがけなく生まれるヒントや活動の芽を大切にするため、オンライン授業は行ってこなかった。
しかし2020年の春より、全世界を襲ったコロナ禍。地域の人々が集うことも、先生方が当地を訪れることも困難になった。どのように進めるかは各地域の対策方針に沿う形で各学校に委ねた。何校かは完全リモートで実施、多くは半年間の休校となった。その間に、全校にZoomを使ったハイブリッド型授業が行える機器の用意と、オペレーションのレクチャーを行い、2020年の後半にはほぼ全ての学校でハイブリッド型の授業が行えるようになった。リモート参加の方々の顔を教室に投影し、バーチャルでリアル参加と同じような環境で質疑応答などできるような工夫もした。
リモート授業の功罪
ハイブリッド型を前提に開校した学校では、思いがけない現象が起きた。それは、あらかじめリモート参加を前提とした遠隔地の生徒が入学するケースができたことである。北海道の山深い分校には、道内の都市部から、東北、関東、関西、九州まで、全国から生徒が集まった。また、かねてより熱中には「パスポート制度」という仕組みがあり、他の学校の授業を無料で受けることができるのだが、これを使った学校間の交流が活性化した。
一方で、やはりリアル参加でないと感じ取れない熱気や行間の物足りなさ、そして生徒・先生の交流にも大きなハンディがあると言わざるを得ない。
そこで各学校では、SNSを活用した生徒会を実施し、授業の前後に自由に意見交換して授業や活動に活かす工夫をしている。
「ふるさとみつけ塾」の開始
当初より熱中小学校は、各自治体が国の地方創生の助成金を得て、地方の方々に学びの場を提供する形で実現、推進されてきた。7年が経過し、地域で自立自走できるようになった学校が大半、あるいは当初より民間資金のみで開設される学校も増えてきた。
全国の熱中小学校を統括する一般社団法人熱中学園では、地元の方々のリカレント教育から一歩進め、2020年度、2021年度に2年連続で内閣府より「関係人口創出・拡大のための中間支援モデル構築に向けた調査、検討業務」の実施団体に採択され、20を超える自治体とともに関係人口の創出に取り組んできた。
プログラムの核となる「ふるさとみつけ塾」は、熱中小学校のプラットフォームを活かし、首都圏で働く方々にどこかの熱中の生徒になっていただきながら、興味のある地域を選びつつ、再就職や副業、移住や2拠点居住について学ぶ。うまくマッチングすると、地方の企業・団体へのインターンシッププログラムを受けられる、というものである。
特に首都圏の
ミドルシニア層を
ターゲットに
地方への移住の動きは、意識の高い若者層ではすでに進み始めているといえる。
一方で、首都圏の企業で働くミドルシニア層は、仕事面でも、家庭面でも、そして一番大事な意識の面でも、なかなか踏み出せない方が多いようだ。
そこで、企業の人事・教育部門の管理職を集め、「サステナブルキャリア研究会」を立ち上げ、企業としての仕組みやプログラムについて議論を始めたのが2021年の秋である。
また、地方に住む魅力は、「豊かな自然」「おいしい食材」「スローライフ」など、どこでも同じキャッチフレーズになりがちである。2021年には、バーチャルサイクリングやICT教育など、ローカルDXや広域連携対応による新たな地方の価値創造に取り組んできた。そして2022年度、「安全・安心」「ウェルネス型ワーケーション」などに取り組み、熱中小学校を活用しながら働く人たちのセカンドキャリアを開拓し、地方のニーズに応えつつ新たな地での充実した生活・やりがいのある仕事を見つけて移住、実践していただくプログラムを推進、展開中である。これを通じてまた、地元住民の意識改革、新たなまち造りを目指す。
「学び」は生きる活力だ
縁あって2019年2月に米国シアトルに初の海外熱中小学校が誕生した。校長先生に米国での大人のための教育について尋ねてみると、いつまでも学び続けることは当たり前のことで、どこにもそのような機関やプログラムがある、との回答だった。「生涯学び続ける人々」を英語で表現すると?と聞いてみると、「強いて言えばLifelong Learnersかな」と。この言葉は、熱中の音楽の先生の手で歌になり、公式Webサイトから聴くことができる。地方の人が、老若男女が、そしてその道を究めた先生方がなぜ学ぶのか。
知る喜び、考える喜び、創る喜び、そうした前向きな想いが、人間として成長したい、そのために学び続けたい、という生きる活力となっていることをひしひしと感じる毎日である。
亀田 俊(かめだ しゅん)
一般社団法人熱中学園 事務局長
1958年東京都出身。日立製作所、ロータス、日本IBM、SAPジャパンにおいて、多岐にわたるマーケティング部門を歴任、様々な領域において戦略から実行を経験し、経営への参画、協業推進、組織・後進の育成に携わる。日本マーケティング協会のマスターコース第1期生、その後マイスターとして、日本企業のマーケティング力の発展を支援、2018年より熱中小学校プロジェクトに参画。