『マーケティングの力』
『感覚訴求が消費者の感情と認知に及ぼす影響マーケティングの力』

『マーケティングの力
最重要概念・理論枠組み集』
 恩藏直人・坂下玄哲 編著 有斐閣

 本書は、その副題が示す通り、マーケティング領域における最重要概念、および理論ないし理論的枠組みを解説した書籍である。厳選された89の概念や理論が、総勢64名にも及ぶ若手・中堅の研究者達によって、丁寧かつ要領よく解説されており、本書を通読することにより、基礎的・基本的概念から最先端の理論までを理解することができる。まずは、この価値ある成果を世に出した編者と著者たちの「労」と「力」に敬意を表したい。
 マーケティングの分野は、和書・洋書ともに、比較的テキストは充実しており、辞典や用語集の類も既に複数存在する。ただ、その下位領域は広範であり、他分野からの援用も含めて、次々と新たな理論が登場する。辞典・用語集の限られた字数での記述から新たな概念・理論を理解することは困難であり、また、多岐にわたる最新の動向を掴むためにテキストを読むのもタイパが悪い。そして、基礎的概念を踏まえて新たな理論を理解し、自らの研究へと発展させていくためには、テキストと学術論文とをつなぐ手掛かりや手助けが必要となる。本書は、そうした未充足のニーズに応えるべくデザインされた待望の書籍である。
 本書の本文は全6章構成で、基礎的なものから最新のものまで、全部で89のアカデミック・ワード(概念・理論)が、「戦略枠組みの力」(23)、「顧客理解の力」(23)、「ブランドの力」(11)、「コミュニケーションの力」(12)、「マーケティング・チャネルの力」(11)、「データ分析の力」(9)という6つの領域に分類・整理され(カッコ内はワード数)、1ワード3ページでコンパクトに解説されている。また、当該ワード(概念・理論)を巡って、どのような研究が存在し、その後発展していったのかについても、充実した文献リストや索引を使った相互参照により、理解を促す工夫がなされている。
 わが国マーケティング学界の層の厚さとその「力」を示すお勧めの一冊である。

Recommended by
学習院大学 経済学部 教授 
青木 幸弘


『感覚訴求が消費者の感情と
認知に及ぼす影響 
──無自覚な連鎖反応のメカニズム』
西井真祐子 著 千倉書房

 本書は、消費者の五感に訴求するマーケティング手法、すなわち感覚マーケティングの効果を明らかにした書籍である。
 パッケージの外観、製品の手触り、店舗内の照明や音楽など、マーケティング施策の感覚的要因は、消費者の購買行動に影響を及ぼす。このことは、実務家の間でも研究者の間でも、古くから知られていた。ただ、感覚的要因の効果について議論するとき、しばしば「結局、人のセンスや好みの問題だよね」と片付けられてしまうことも珍しくない。確かに、個人の嗜好や時代の潮流に依存する部分もある。しかし、一見すると偶発的で、無秩序に見える現象であっても、それぞれの効果を丁寧に紐解いていくことにより、科学的合理性を備えた一定の法則が見えてくることもある。
 本書は、こうした取り組みを地道に重ねた書籍である。本書が有する特長の一つは、注目した感覚要因の新奇性にあるだろう。製品の影や背景色など、従来見過ごされがちであった微細な要因に注目し、それらが無自覚的に製品評価に影響を与えることが示されている。
 テーマは新奇的である一方、現象に切り込むためのアプローチは堅実である。各論に先立ち、感覚マーケティングの枠組みを示したうえで、丹念な文献レビューが行われている。そのため、現在読んでいるパートが全体のどこに位置づけられるのか、迷子にならずに理解できる。各章における実験設計やエビデンスの展開からも、丁寧さを感じた。第一部では感情、第二部では認知に及ぼす感覚訴求の効果を明らかにし、第三部では性別や年代などの個人要因による効果の違いについて論じている。
 感覚訴求の多面的な効果が次々と報告され、私自身も、ページをめくるたびに驚きと充足感を味わうことができた。実務的なヒントを求めるマーケター、感覚マーケティングの体系に関心がある研究者、研究法を学びたい学生など、あらゆる人に、本書をお勧めしたい。

Recommended by
上智大学 経済学部 准教授 
外川 拓