第33回
社会ニーズに応える
新たな大学マーケティング

大坪檀のマーケティング見・聞・録

人口減少がいろいろ身近な分野でその存在に影響を与え始めている。筆者の仕事柄もっとも身近に影響を肌で感じるのが大学をはじめとする様々な教育機関だ。地方では中小学校、高校の統廃合が身近な話題だ。

 大学を作りすぎたとか、誰でも入れる大学=ボーダーフリー大学とか、定員割れ大学は不要だとか、大学の存在、あり方を多面的に論ずる声がそこかしこにある。有名大学は別として、地方の中小大学には入学者減→定員割れ→経営難に落ちることを危惧するものが続出。
 入学者の減少は企業で言えば、売り上げ減、売り上げ減は企業経営の諸悪の根源、という言葉はこの大学にも何やら当てはまる時代になった。それでは経営学、マーケティングの出番でしょという声があちこちで聞こえてくる。
 大学とは何か。大学は不動産を多く所有するが固定資産税は免除。多数の高所得者を抱える雇用者である。大学教員の年収は教授クラスで平均年収1,000万円台。准教授、講師クラスで800万円台くらい。所得税、住民税の高額納税者である。高校、中学の教員の年収も一般中小企業よりも高い。研究、教育活動に関する支出も多い。学生も含め大学関係者が地域に落とす金額、経済波及効果は馬鹿にならない。大学は都市の文化、経済基盤を作る。そして知識、知恵、情報、人材を作る、人づくり産業、頭脳産業なのだ。この人が大学を出て価値を作る。人がいて初めて価値が生まれる。頭脳労働産業、高付加価値産業の時代には大学は本来不可欠な存在。次なる発展を練る地場の中小企業は人材不足を感じ出し、大学に対する求人活動が積極化してきた。地方の多くの大学では受験者が減りだし、学部によっては将来、求人需要に対応できない時代が来るかもしれない。地方では地域の活性化に高付加価値産業の起業、誘致に力を入れ始めているが高度人材の提供力を問われて戸惑っているところがある。わかりやすい例は病院を新設しようとすると医療従事者がいないことがまず問題になる。
 大学進学率は現在56.6%、アメリカ、韓国、中国より低く、日本の大学進学率はなかなか伸びない。大卒は高い学費と時間を割いて就職しても、その投資に見合わないという指摘もあるが、大卒の生涯所得は高卒よりはるかに高い。頭脳産業時代になるとこれが顕著になると思われる。頭脳産業時代には不可欠な高度の人財を獲得するには、高い見地から見れば大学進学率を上げなければならないのだがその勢い、動きはない。
 アメリカの大学の中には、本学を卒業するとこんなに高い初任給を得ることができると学生募集のPRで謳っているところがあった。「本大学は、一口で言えば稼げる力を付けますよ」。大学は人材育成、高度職業教育の場所だと宣言しているようなもので、この大学は教育力、付加価値付与力を売りにしている。日本の大学はどうか。売りは何か。大学人も、社会も偏差値で大学を評価し、研究業績を上げることを崇高の目的にしているように思われる。小生は学長時代に“大化け教育”を売りにした。大学の使命は脳力評価の低い人材,偏差値で測定できない能力のある人材を磨き上げて玉にすることだと宣言。偏差値の低い受験者を意にせず受け入れ磨き上げて大化けさせ、社会に貢献できる人材の育成を積極的に広報した思い出がある。
 大学は産業人から見れば羨ましいビジネスモデルでもある。代金先取、固定資産税・所得税免除、補助金支給、学位・資格付与権行使権などの権限を持つ。新たな大学設置は厳しく規制されていて競争相手の参入障壁は高い。言うなればプロダクトアウト経営、売り手優位に陥りやすい組織だが、持てる教育資源を活用し、入学者減で発生する授業料収入減を補う新教育ビジネスを始める、いわゆる新事業進出を企画することも可能だ。研究調査委託、コンサルタント事業、社会人の再教育、セミナー事業、研修教育委託事業、リスキル教育、公的資格獲得授業、インターネット講座などの分野で大学が起業を始め収入増を図ることは可能だ。
 入学者が集まらないのは、その大学が社会のニーズに応えていないからではないか。受験者減で悩む大学に対する社会のニーズは何か。マーケティングの大きな役割はニーズの発見と需要創造にもある。大学はマーケティング、経営戦略、リーダーシップ、組織など専門家を抱えるシンクタンクでもある。大学の役割、活動も再検討し、大学の新たな発展戦略を広く論じてもらいたいものだ。紺屋の白袴の誹りを受けないためにも。

Text  大坪 檀 
静岡産業大学総合研究所 所長