巻頭鼎談
福島 常浩(トランスコスモス株式会社 上席常務執行役員)
高石 一朝(公益社団法人日本マーケティング協会 専務理事)
河野 安彦(公益社団法人日本マーケティング協会 国際部長)
2022年10月6日から9日まで、アジアマーケティング連盟(AMF)の主催で“Entrepreneurial Marketing”(起業家的マーケティング)と題して、インドネシアのウブドにてWorld Marketing Forum(世界マーケティングフォーラム)第2回が開催された。日本からは日本マーケティング協会(JMA)専務理事の高石一朝と国際部長の河野安彦、AMF(Asia Marketing Federation)名誉総裁Hermawan Kartajaya氏の招待により、トランスコスモス株式会社上席常務執行役員の福島常浩氏が出席した。
高石 昨年よりAMFの年次総会に合わせて、World Marketing Forumが開催されるようになりました。記念すべき第1回は日本の鎌倉で開催されましたが、残念ながらコロナの影響でオンラインとなりました。今回の第2回はインドネシア・バリ島のウブドで会場に集合しての開催でした。第1回に続き、オンラインで基調講演をされたフィリップ・コトラー教授が口火を切る形となり、グローバルな視座でのコロナ禍からの回復に最も重要な方向性として、“Entrepreneurial Marketing”というテーマが掲げられました。まさに時代に合わせた密度の濃い内容となりました。
河野 そうですね。今回はAMFのメンバーにとどまらず、ウクライナや南アフリカなど世界各地からの参加も見られ、より国際性の高いフォーラムになっていたと思います。今回のテーマはEntrepreneurial Marketingということで、ポストコロナ時代におけるマーケティングのあり方が議論の中心となりました。
福島 冒頭コトラー教授のメッセージではマーケティングに関する4つのトレンド(「Sustainability(持続性)」「De-growth(脱成長)」「Peace(平和)」「Customer Science(顧客科学)」)が紹介されました。なかでも「De-growth(脱成長)」には驚きました。コトラー教授は企業のサステナビリティに対する姿勢について言及された際に「サステナビリティを追求した上で、利益性を確保する」という順番を強調されていました。それは「作って、買って、捨てる」という直線的な経済に基づく思考ではなく、代替可能な資源を使ったり、商品や素材を再活用したりするような循環型経済への不可逆的な潮流を念頭に置いた思考です。
高石 「Peace(平和)」に関して言えば、昨年はロシアとウクライナの戦争も勃発し、コロナ禍の影響も継続するなかで世界経済の停滞が余儀なくされました。社会経済の発展においてはなにより平和な状態が重要であることを多くの方が痛感されたと思います。2030年に向けて17の目標を掲げるSDGsはまさに地球の平和と環境維持を希求した具体的な実践項目になっており世界各国の連帯が試されていますが、こうした世界的な課題の解決を通して企業やマーケターが平和に寄与する術があります。
福島 先の見えないVUCA※の時代にあって、マーケティングも従来のProfessional Marketingに加えてEntrepreneurial Marketingが求められるというのがコトラー教授の主張の一つでもありました。Professional Marketingとは現存する商品やサービスを、計画通り上手に顧客に売ることであり、これまでのプロマネに求められてきたスキルです。一方、Entrepreneurial Marketingは企業のプロダクトミックス、コミュニケーションシステム、流通システムなど複数の要素を俯瞰しながら、前衛的かつ開拓的に改革していくことを指します。顧客の未充足のニーズに果敢に取り組み、CX全体を通じて市場創造型の取組みを志向する必要があると理解しました。こうした全体的な視座を持って業務にあたるのは、平時においては経営者中心の役割とされますが、時代の流れが不透明で変化のスピードが急速である現代において、マーケターに求められるのは、まさに起業家的なマインドで変化の連続に対応できる能力です。
河野 コトラー教授の後には今回のフォーラムの主催団体MarkplusのCEOであり、本年3月にコトラー教授との共著『Entrepreneurial Marketing』を出版されるDr. Jacky Mussry氏が登壇されました。脱成長時代の資本主義経済における企業の成長について質問された際に「やみくもに売上の拡大を目指すのではなく付加価値の増大を目指すこと」という回答をされていました。
高石 市場の変化は常にマーケターの思考より先にあります。マーケターがマーケティング施策を捉え、実行している間に市場は変化します。自社が最適解と信じてマーケティング施策を実施することであっても修正せざるを得ないケースは多々あり、特にデジタル時代のマーケティングはPDCAサイクルを従来よりも早く展開することが付加価値の増大につながる時代といえます。こうした時代においては固定的な従来のProfessional Marketingよりも、市場の変化を前提とし柔軟に対応できるEntrepreneurial Marketingが重視されます。
福島 別の観点から例示すれば、Professional Marketingはフォワード型で、Entrepreneurial Marketingはバックキャスティング型であるともいえます。現時点の状態を基準としてマーケティング施策を打つことに長けているのが従来のマーケティングです。しかし、Entrepreneurial Marketingは混沌とした市場において、今そして将来にわたり顧客が求める新しい付加価値を見出し、現状とその価値のギャップをイノベーションによって補うことで顧客の漠然とした想像を具現化する市場創造型のマーケティングそのものです。コトラー教授がマーケティングのトレンドとして「Customer Science(顧客科学)」と挙げたのはその一つの手法がカスタマーエクスペリエンスとして象徴されるマーケティングにあるからです。
2030年を目指したSDGsの話もありましたが、コモディティ中心の売上拡大は、サステナビリティの観点からも改めるべきなのでしょう。将来どのような社会を目指すのか、そのために自社は顧客にどのような価値を提供するのか、こうした巨視的な観点から理想と現実を埋めるためのマーケティング思考がEntrepreneurial Marketingの本質だといえます。
※VUCAとは、社会あるいはビジネスにおいて、不確実性が高く将来の予測が困難な状況であることを示す造語である。
VUCAは「Volatility(ボラティリティ:変動性)
Uncertainty(アンサートゥンティ:不確実性)
Complexity(コムプレクシティ:複雑性)
Ambiguity(アムビギュイティ:曖昧性)
の頭文字を並べたもの。