寄稿


二項対立を融合する
「起業家的マーケティング」の新しい形態

Text ジャッキー・マスリー
マークプラス社(Markplus inc.)
副会長 兼 最高経営責任者

 約3年余りのCOVID-19の大流行を通して、企業は従来のマーケティングの専門性ではうまくビジネスを軌道に乗せられないという未聞の事態に直面している。そして今、世界の多くの企業が生き残りをかけて導入を開始しているのが「起業家的マーケティング(Entrepreneurial Marketing)」のアプローチである。過去10年間のビジネス環境の変化を考慮すると、これまでのアプローチとは異なる、より統合的なアプローチを特徴とした起業家的マーケティングによる新しい形態が求められている。
 市場は予測不可能な速さで変化している。私たちはその変化し続ける市場に対応しようとマーケティングを行う。しかし悲しいかな、“一般的な”マーケティング手法は、市場の変化と同じ速さで進化してはいない。デジタルマーケティングでさえ、現代のマーケティングの実践においては、場合によっては時代遅れと言わざるを得ない。図1に「未来型のランナー」として描かれる“進化した”市場に追いつくことができずにいるのだ。

 時代遅れのマーケティングでは企業を期待される未来に導くことは難しい。しかし未来は一歩ずつ確実に近づいており、企業は市場変化のスピードを前に悪戦苦闘している。市場変化のスピードはあまりに迅速でダイナミックであるため、従来の固定化されたプロフェッショナル・マーケティングでは不十分だ。むしろ旧式のマーケティングでは、企業は「マーケティングの盲点」に陥る恐れさえある。その盲点とは企業がマーケティング・マネジメントの様々なプロセスを正しく実行しているにもかかわらず、企業の成長が阻害され、最終的に競争力を失わせる不調和な要素が残されていることに気づかない状態である。
 マーケティングの盲点を回避するために、企業は既存の官僚的なプロフェッショナル・マーケティングの上に、起業家的マーケティングを導入する必要がある。責任の所在が明確に規定されている組織では、往々にして各チームメンバーが特定の機能の中で特定の役割を果たす。それゆえに、機能横断的な活動を実行に移すまでには承認に長い時間を要する場合がある。マーケティングを含むほとんどの部門は「手順に従って」業務を行い、機能横断的な活動はほとんど行わず、複数の業務を同時に遂行しようという試みなどほとんどない。一方で起業家的マーケティングのアプローチは、変化に素早く対応するために手続きやプロセスを定める時間を少なくして停滞を避けて実行を早める。「9時から17時まで」の定型的な姿勢ではなく、優先順位に基づいて変更可能であり、後手に回らず先手を打つことができる。これらは機会を逃さず、必要に応じて機動的に行動するために必要不可欠なものである。
 プロフェッショナル・マーケティングと起業家的マーケティングの融合は、企業が2030年に向けて起こりうる「曲がり角」に対応する上で極めて重要である。IMFは2023年以降の世界情勢は不透明で、より不確実なものになるだろうと警告している。2023年以降に何が起こるか決してわからないが、どのような状況になろうとも、企業は起業家的マーケティングの能力を十分に備えておくことに越したことはないだろう。
 起業家的マーケティングという新しい形態を理解するために「オムニハウスモデル」というフレームワークを用いたい。「オムニハウス」とは複数の要素を組み合わせた組織のことを指している。これらの要素はそれぞれが個別の役割を果たしながら、他の要素と連動している(図2)。

 このモデルの主軸は、創造性(Creativity)、イノベーション(Innovation)、起業家精神(Entrepreneurship)、リーダーシップ(Leadership)のCI-ELの4要素からなる「起業家的」グループと、生産性(Productivity)、改善(Improvement)、専門性(Professionalism)、マネジメント(Management)のPI-PMの4要素からなる「プロフェッショナリズム」グループの2つのクラスターから構成されている。
 2つのクラスターは他の機能に囲まれながら、相互作用をもたらしている。モデルの左上に位置するダイナミクス(Dynamics)は各クラスターに影響を与える。これは変化の要因であり、その構成要素の一つは5D、つまり5つのドライバー(技術、政治/法律(規制を含む)、経済、社会/文化、市場)だ。これらのドライバーは4Cのうち、競合他社(Competitors)、顧客(Customers)、企業(Companies)に影響を与える。
 ダイナミクスの要素は右上に競争力(Competitiveness)と示されているように、マーケティング戦略や戦術を開発するための基礎となる。ポジショニング、差別化、ブランド(PDB)はマーケティングの他の要素(9E)であるセグメンテーション、ターゲティング、マーケティング・ミックス、販売、サービス、システムなどに影響を及ぼす。
 ダイナミクスはアイディアを生み出すための基礎にもなり、創造性につながる。そして創造性は顧客のための具体的なソリューションとして、イノベーションに転換される。また創造的なアイディアは、様々な企業の資本を生産的に活用するものでなければならない。顧客に提供されるソリューションは財務的な改善、つまり企業の利益率の向上に結びつくことが求められる。「創造性-イノベーション」と「生産性-改善」の融合は、貸借対照表(B/S)と損益計算書(I/S)に影響を与える。
 創造性とイノベーションは起業家精神とリーダーシップという確たるマインドを持った人がマネジメントしてこそ、競争力を生み出す源泉となる。起業家の役割は価値創造であり、リーダーは価値を持続させるためにある。起業家精神とリーダーシップは企業を前進させるための確固たる専門性とマネジメントによって支えられる。
 貸借対照表や損益計算書に書かれていることは過去の努力の結果である。今まさに私たちが取り組んでいること、特に「起業家精神-専門性」と「リーダーシップ-マネジメント」の強い融合を通して、企業の未来のキャッシュフロー(C/F)と市場価値(M/V)が決定されるのである。
 マーケティングとファイナンスの融合は必要不可欠である。3つの主要なステークホルダーである「一般人」「顧客」「社会」を意識した「テクノロジー」と「人間性」の融合も必要である。これらの機能の一体化が財務的・非財務的な成果を生み出す行動を下支えする。
 オムニハウスモデルの中心にはマーケティング目標を実行に移し、同時に財務目標を達成するためのオペレーションが存在する。オペレーションはテクノロジーの活用が人間にとって十分に有益なものとなるように橋渡しをする。他の能力と相互作用して、企業が競争力と適応力をもって前進し続けるためのものである。
 マーケティングとファイナンス、創造性と生産性、起業家精神と専門性、これらの対概念は二律背反の性質を持つ。この二律背反をいかに融合させるかがすべての組織における今後の課題である。もし融合できない場合、企業は「ゾンビ」のような状態になってしまうに違いない。この現象は中小企業でしばしば見受けられる。企業は起業家の能力だけあっても十分とはいえない。元気そうに見えても成長しない状態、私はこれを「元気な小人」と呼んでいるが、主にベンチャー企業に良く見られる。専門性が強くても起業家精神が弱ければ、大手企業や老舗企業にあるように創業者の起業の精神を失った「低迷する巨人」になりかねない。企業は起業家精神と専門性の融合を成功させることで「オムニスター」に生まれ変わることができるのである(図3)。

 マーケティングは従来の専門性を重んじるだけでは十分ではない。なぜならそれがあまりに形式的であり、几帳面に段階を踏んでいくものだからである。起業家的マーケティングを実践することで、想定とは異なる多くのギャップを積極的に発見することができ、意思決定プロセスを促進させて、成果とその対処法をすばやく理解し、複数の関係者とのコラボレーションに進んで胸襟を開くことができる。2030年に向けた成功のためには強力なコラボレーションが鍵となるだろう。
 厳しいビジネス環境を生き抜くために、私たちは「オムニ」の能力を持ち、コラボレーションを推進することが必要である。世界のプレイヤーはあまりにも強大かつ強力であり、単独で向き合うことは容易ではない。また競争は一層デジタル化の様相を呈しており、多くのプレイヤーが同じ土俵で熾烈に争うことになる。企業間の相互依存関係はより複雑になり、競争のスピードが増す中で、企業が自社の製品やサービスを差別化する難易度は更に高まるに違いない。
 奇跡が起こるのを座して待つことは時間の浪費となる。むしろ、私たちは創造力を高め、具体的な実現に向けて取り組まなければならない。マーケティング部門と財務部門の間に強い関係を築き、テクノロジーと人間性を強く融合させよう。そして、組織のサイロや硬直性、惰性を打破したい。それらは企業が前進するうえで重大な弊害となりうるためだ。
 以上の提言は、企業が長期的に持続可能な存在であり続けるために不可欠なものと確信している。個人(や集団)と法人の両方にとって、企業には「オムニ」の能力、CI-ELとPI-PMの両方の能力が必須である。将来訪れる「曲がり角」を喜んで迎え入れよう。それは決して容易なことではないが、私たちに「停滞する」という選択肢は残されていない。

JACKY MUSSRY(ジャッキー・マスリー)
マークプラス社(Markplus inc.)
副会長 兼 最高経営責任者

ジャカルタを拠点とするコンサルティング企業を率い、多くの企業の企業戦略やマーケティング戦略、教育プログラムの設計を支援。インドネシアの著名な大学で講義を行い、講演家や作家としても活躍。
インドネシア大学にて修士号(マーケティングマネジメント)と博士号(戦略的マネジメント博士号)を取得。
2023年3月にフィリップ・コトラーと共著で ”Entrepreneurial Marketing”を上梓。