『マーケティング』
西本章宏、勝又壮太郎 著 日本評論社
マーケティングのテキストを書くことほどたやすく、同時に困難なことはない。たやすい理由は、すでにコトラーたちがマーケティングの体系とはこのようなものだ、という強力な枠組みをつくり上げてしまった、と考えられているからであり、ある意味で、テキストの著者たちはそれをなぞればよいだけになる。困難な理由とは、そのような状況においても如何にして新しさを加えるかに、著者は呻吟せざるを得ないからだ。
本書は質の高い研究業績を着実に積み上げている二人のマーケティング研究者によって書かれている。それだけに読者は、この優秀な研究者たちがどのような新しいマーケティングのテキストを著したのか、興味を掻き立てられずにはおられないだろう。
はたして結果は期待以上のものであった。マーケティングの基本と言われる概念・用語、理論について過不足なく網羅されているだけでなく、新しい知見や事例が随所に盛り込まれているのだ。
例えば、P53の「模倣困難な資源の5つの観点」という記述、P115以下の「ターゲティングの効率性」の議論、また、P186「垂直的マーケティングシステム」の展開などは、類書にあまり見られなかった見解や知見であり、マーケティング初心者だけでなく、すでに学んだことのある読者にとっても有用なコンテンツとなっている。
企業事例も巧みに織り込まれており、理論をわかりやすく説明することに成功している。例えば、P97~98の「ノニオ」、P108「肌の質感」など、読者の理解を助ける工夫があちこちにちりばめられている。また、P83の「先端層の活用」など実務家にとって有用な知識が書かれてあることが本書の実用的価値をさらに高めている。
本書は、名うてのシェフが、ありふれた食材に新しい味付けを加え、見事な食事を提供しているのに似ている。多くの学生が本テキストでマーケティングを学び、将来の仕事としてマーケティングを志すことを期待している。
Recommended by
中央大学名誉教授 田中 洋浩
『コトラー&ケラー&チェルネフ
マーケティング・マネジメント』
フィリップ・コトラー、
ケビン・レーン・ケラー 、
アレクサンダー・チェルネフ 著
恩藏 直人 監訳 丸善出版
マーケティング実務に従事する者であれば誰でも知っているコトラー教授の『マーケティング・マネジメント』の第16版の翻訳本である。『マーケティング・マネジメント』の翻訳本はケラー教授が著者に加わった第12版以来である。第12版を読んだときにも、ケラー教授の専門であるホリスティックマーケティングやブランドエクイティ等の新しい理論が加わり、内容がかなり変化したと感じた。しかし今回出版された本書(第16版)では、さらに、ノースウエスタン大学ケロッグ経営大学院のチェルネフ教授が加わったことで、前版(翻訳されていない2015年刊行の第15版)と比べても、顧客価値の捉え方や顧客対応戦略に関する記述が充実し、内容も大幅に更新されている。特に、チェルネフ教授の提示するG-STIC(Goal-Strategy-Tactics-Implementation-Control)アプローチはマーケティング計画の立案と具現化に有用である。
その他、本書は、近年のAI・IoT・デジタル技術の進展や、地球環境問題や社会問題の深刻化の中で、マーケティングをどう展開するかについて体系的に示している。たとえば、データマイニング手法をマーケティングリサーチにどう活用するか、増大するソーシャルメディアやデジタル・コミュニケーションの影響をどう捉え、管理していくかを考えるためのフレームワークや方法がまとめられている。一方、章ごとに関連する企業事例を示した「マーケティング・スポットライト」、カギとなる概念をまとめた「マーケティング・インサイト」は健在であり、読者の理解を深める上で役に立つ。また、終章に「社会的責任を担うマーケティング」が新たに追記されたことも特筆すべきことである。この章を読むだけで、これまでのコトラー教授の関連する著作のエッセンスがわかり、価値がある。
久しぶりに刊行された日本語版である。マーケティングをめぐる社会環境の変化の中で、不変的な考え方は何か、社会環境に応じてしなやかに対応・進化すべきことは何かを考えながら読まれることを進めたい。
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筑波大学 ビジネスサイエンス系 教授
西尾 チヅル