仲 琴舞貴 氏
株式会社 SANCHAI 代表
INTERVIEW
仕事を愛し、日々を楽しみ、変化する自分に誇りを持って生きるSANCHAIピーナッツバター工場で働く女性たち。「SANCHAIピーナッツバターは、彼女たちの物語です」と語る代表の仲 琴舞貴さん。国境を超えた“幸せの軸”に基づくブランドづくりについて、お話を伺いました。
───SANCHAIピーナッツバターを初めて食べたとき、その美味しさにかなりの衝撃を受けました。ピーナッツの濃く甘い風味と微かに香るブラウンカルダモンが病みつきになります。食材への強いこだわりを感じると共に、パンフレットなどで紹介される美しいネパールの風景と、現地スタッフの方々のお写真がとても印象的です。初めに、ブランド立ち上げの経緯をお聞かせいただけますでしょうか。
仲 私は元々IoTのスタートアップ企業に勤めていました。IT業界では、情報を速く、より正確に提供するための技術革新に注力する傾向があるかと思いますが、当時のチーム内ではそこで競争するのではなく、逆に自分達が最も重要だと思うことだけを残し、それ以外を削ぎ落としたサービスを提供したいと考えていました。そこで、改めてコミュニケーションにとって何が一番重要かを議論したところ、まず「私は今、あなたのことを思っています」と伝えること。そして、「誰かが今、自分のことを考えてくれている」と感じることだけで十分なのではないかと結論づけました。そこから、シンプルに音のシグナルだけで思いを送るプロダクト開発に着手し始めたのですが、私はそれを寄付の仕組みに利用するプロジェクトとして任せられることになりました。
雇用をつくることがゴールではない
幸せを維持継続するための仕組みづくり
仲 当時、私はネパールの山岳地帯にあるコタンの子どもたちに対して、里親寄付をしていました。エソダちゃんという女の子に対して毎月一定の寄付をしていたのですが、正直、自分が里親になっている実感が湧かなかったのです。運営のNPO担当者からは、彼女から1年に1回手紙が届きますと説明を受けていたのですが、全然届かなかったりした中で、改めて何のために寄付をするのかを考えました。私にとっての寄付は、相手が幸せになることを願ってすることであると思い、それを実感する仕組みをIoTのプロダクトを利用して作れないかと思ったのです。
寄付の仕組みを考えるうちに、一方で「そもそも寄付が要らない仕組みがあったらいいのに」と思うようになりました。そこで現地で活用できるリソースであるピーナッツに着目しました。コタンはピーナッツの生産が盛んですが、買い叩かれてお金になっていないとのことだったので、適正価格でピーナッツを買い取ることで経済的インパクトが与えられるのではないかと考えたのです。しかし、詳細な生産量などの統計がどこを探しても見当たらなかったので、ならば現地の農家さんを直接訪問して自分の足で情報収集するしかないと思い、2016年10月に初めて現地に向かいました。
ネパールの空港からコタンにたどり着くまでに車で約15時間。途中、崖崩れに遭遇し、車が通らないような険しい山道を通ることになりました。そのとき、日本で生活をしていると、通常自分が死に直面することはないと思い込んでいますが、実はそのほうが幻想で、人はいつでも死と直面しているんだと思いました。そして、普段自分が見ている世界は作られたスペクタクルで、今その外側のリアルな世界にいるような気持ちになりました。
山奥のコタンに到着してから、ピーナッツ農家のおじさんと直接話をしました。彼は「自分たちはここで生まれ育って本当に幸せで、ずっとここで生活をしていきたい。ただ、ここには仕事がないから、自分の子どもたちや他の若い子たちは仕事を求めて外に出ていかなければならない。家族がバラバラになってしまうことがとても悲しいんだ」と言いました。それを聞いたとき、彼の言う幸せの在り方って素敵だなと思うと同時に、これまで自分が思っていた幸せ、豊かさ、便利さだけが価値ではないのだと、改めて思いました。
彼らの課題解決のためというよりも、彼らが感じている幸せの在り方を守りたいと思ったとき、自然と「ならばここに雇用を作るしかない」と考えました。仕事を作ることで彼が願っている幸せの在り方が変わってしまったら本末転倒なので、雇用を作ることをゴールにするのではなく、彼らの幸せを維持継続する、もしくはもっと発展させることをゴールにしようと思いました。そこから先は、工場を作るべきかどうかと悩むことは一切なく、工場を作るために何をすればいいかだけを考え、実行に移し始めました。
───幸せに生きるための価値観を改めて見つめ直すきっかけが、コタンの地だったのですね。
仲 きっと私自身がこれまで感じたことのない感覚を体験してワクワクしたこともリンクしたんだと思います。しかし、工場を作るための個人資産はなかったので、まず会社のボスに出資してもらえないかを相談することにしました。そのとき、やりたい熱意はもちろんですが、未知数過ぎて黒字化できるかは分からないことも正直に伝えたんです。ただ、赤字は出さずに利益以上に大きい価値を生み出すことができる自信があると伝えたところ、「じゃあ、やってごらん」と背中を押していただけました。
ビジネスに詳しい方たちは、フィジビリティ・スタディをすべきだとアドバイスをくださいましたが、その余裕がないし、そもそも何が起こるか分からない。そんな状態で予測を立てるよりも、逆に起こったことに対して何を選択するかが重要だと思い、自分の決めた軸に対して、一つひとつの選択がぶれないようにすることに注力しました。とにかく支出を最低限に抑えるには、最小経費かつ最短期間で実行する必要があります。一人で1年以内に工場を作る覚悟で取り組み、実際には1年2か月後に工場をオープンすることができました。
当時コタンには電気が通っていなかったので、手作業でグラインドの工程を検討してたのですが、奇跡的にオープン3か月前に送電が始まり、ミキサーを導入することができました。生まれて初めて文明の力はすごいなと感じました。初めてトロトロになった状態のピーナッツを食べたときに「これ、めちゃくちゃ美味しいけど何?」と衝撃を受けました。実は、コタンのピーナッツは品種改良されてない在来種で、かつ無農薬で作られている素晴らしい素材だったのです。マーケティングありきで商品開発をしたというよりも、物ができて初めて大きな可能性に気がついて、そこからどう進めていくかを考えました。
写真から学んだ 普段見えないものを顕在化させることの面白さ
───幸せの軸にとても忠実に、かつスピーディに事業を展開されていらっしゃいますが、仲さんご自身の過去で、その軸を形成する大きな出来事があったのでしょうか。
仲 私の人生において大きなターニングポイントとなったのは写真の面白さとの出会いです。10年ほど前、休みの日にぼんやりと青山ブックセンターに立ち寄って、写真のワークショップのチラシを見つけました。ホンマタカシさんという写真家の方が主催されていて、何となく興味が湧いて応募したら、それがもう激しく面白くて。写真の撮り方を学ぶのではなく、写真の歴史を通じて写真とは一体何なのかを考えるワークショップでした。
約3か月のワークショップが終わった後に、さらに選抜クラスに参加しました。選抜クラスでは集中して自分の作品を作ることになり、私はウィリアム・エグルストンという写真家を模倣することになりました。当時勤めていた会社の出勤時間以外、早朝から終電までまるで千本ノックのように撮影をしていると、普段の景色をファインダー越しに見て、なぜか「ここだ!」という瞬間が徐々に掴めるようになったのです。しかし、作品を作れば作るほど、納得できない自分がいました。その答えを探るために、今度は暇さえあれば美術館やギャラリーに通って様々な作品を見ていると、本当に自分が面白いと思うジャンルの傾向がわかるようになっていきました。
私はどちらかというと写っている写真自体にあまり興味がなく、写真(や映像)を通してコンセプトが表現されている作品に惹かれます。多くが「ポストモダンアート」というジャンルになりますが、例えば、目には見えない仕組みや価値など様々な普遍的なものを作品を通じて顕在化させ、作者自身や鑑賞する人たちが考えたり気づいたりするきっかけを与えるための装置といえると思います。そう考えると、表現方法に拘らず、自分が表したいものは何なのかを見つけることが重要だと思うようになりました。ですから、現在の事業に関してはビジネスをやっているというより、私なりの作品づくりをしている感覚です。
目に見えないところにこそ 大切なことがある
───写真を通して学んだ大切なことは、一体どんなことでしょうか。
仲 一言で言うならば「見えていないところにこそ、大切なことがある」ということだと思います。人間は目に見えている部分に囚われてそれが真実だと思い込んでしまうけれど、そうじゃないところにこそ重要なことや大切なことが隠れていて、それを発見したときに私は一番ワクワクするなと感じています。事業に置き換えると、弊社はピーナッツバターを生産して販売するメーカー企業ではありますが、ピーナッツバターは一つの手段で、商品を通じてそこに含まれている目に見えない価値をいろいろな人が考えるきっかけになったら面白いなと感じています。
例えば、素材であるピーナッツは人為的に改良されていないことで圧倒的な美味しさや高い栄養価を保持しています。つまり「変わらなかった」ことに価値があるといえます。常に変化・成長をめざす世の中で、偶然そこから置いていかれたからこそ逆説的に素晴らしい価値が生まれたところに面白さを感じます。環境問題もそうですが、変えることよりも変えてしまったものを元に戻すことの方が難しいですから。また、弊社が生み出せる一番大きな価値は、商品を通して生まれる人の幸せだと思っています。と言うのも、うちの工場で働いている女の子たちは、いつも楽しんで働いてくれていて、私が行くと必ず「私の人生は生まれ変わったんだ、幸せだ」と言ってくれます。この事業をスタートするときに、彼らの幸せをめざそうと思って始めたので、その目的が一旦は達成されているなと感じる一方で、幸せだと言ってくれている彼女たちを見ている私が一番幸せ者だなと気づかされたのです。私が感じた目に見えないこの感情を、彼女たちの幸せを支えてくださっているお客さまにも感じ取っていただける仕組みを作ることこそが、弊社が生み出せる価値ではないかと思っていますし、私自身が取り組みたいことです。と言うのも、マーケティングの手法やテクニックはもちろん必要だと思う一方で、消費者がモノを購入する際に、自分自身で考えなくていいようにする仕組みが多すぎるなと懸念しています。写真を勉強し始めた頃にInstagramが流行り始めたのですが、一方的なイメージが支配する世の中にますますなっていくのだろうなと想像して吐き気がしました。誰かが決めた「これが正解」に乗っかるほうが楽だとは思いますが、常に自分の頭で考え、自分で決断した答えを自分自身で守っていくことがすごく重要だと感じています。
自分にとって価値あるものは何なのかを掘り下げる作業は、正直簡単ではないです。特に、情報が氾濫する中で何が正しいのか予測することはどんどん難しくなっているように感じます。だからこそ、自分の中心にある軸に立ち返って、自分にとっての正解だと信じるものを選びとっていくことが重要に感じます。写真もそうですが、表面にある一見分かりやすいものが正解とは限らないですから。
───世界的に先の見通せない状況の中ですが、自分が信じて守っていきたいものを見つめ直したいと感じました。
人から人へ広がる 相手を思う気持ち
仲 私はこのSANCHAIピーナッツバターの事業を、現地の人たちの変化の物語だと捉えています。工場で働いてくれる人を募集したとき、面接をしていいなと思って採用したのが偶然全員女性でした。彼女たちと付き合っていく過程で、ネパールでは女性というだけでチャンスがどれだけ少ないかを痛感しました。みんなすごく有能な子ばかりですが、半分以上は文字が書けないし読めない。日本の感覚だと想像が難しいですが、そうするとできる仕事が限られてしまうし、自分には子どももいてこの地から離れられないから、お金を得られる仕事ができる存在ではないと思ってしまうのです。それを悲観的に捉えているというよりも、当たり前にそういうものなのだと考えている。けれど、そうではないということをこの仕事を通して考えられるようになったのです。自分でお金が得られるということよりも、概念が変わったからこそ「私の人生は生まれ変わった」という言葉につながったのだと感じています。
最年長で一番リーダーシップを発揮している女性がいるのですが、「自分と同じように大変な境遇にいる人たちにチャンスを与えられるように、もっと頑張って会社を大きくしたい」と最近言っています。そういった思考は、私が教えたわけでもなく彼女自身が育んだもの。人の成長には計り知れないほどの可能性が秘められているなと感じています。
───目には見えないけれど彼女たちが自分を信じて取り組む姿勢そのものが、SANCHAIピーナッツバターのブランドの魅力につながっているのだなと感じます。
仲 青山にある国際連合大前で開催されるファーマーズマーケットによく出店しているのですが、そこに毎回お母さんと一緒に来てくれる小学校1年生の男の子がいます。私を見つけると「ピーナッツバター屋さんだ!」と走って来てくれます。お母さんから、毎朝スプーン1杯分舐めるのが彼の日課だと聞きました。かわいいなと思って、「君の写真を、ネパールでピーナッツバターを作っているお姉さんたちに見せていい?」と聞いて彼の写真を撮りました。それを現地に行ったときに女の子たちに伝えて見せてあげたら、みんな私の携帯を取り合いして「なんていい子なんだろう」と愛おしげに眺めていました。それがまたすごくかわいくて、逆にその写真を撮ってお母さんに送ってあげました。そうしたら男の子がすごく嬉しかったようで、朝、ピーナッツバターを舐めながら「ちょっとあの写真見せて」と、ネパールのみんなの写真を見て幸せそうにしているそうなんです。
これまで彼にとってネパールは全く知らない国だったのに、ピーナッツバターを通じて関心を抱くようになった。そんなふうに、今まで全く関係なかった国や人に対して特別な感情が芽生えることは、とてもいいことだなと思っています。そして生きていく中で自分にとって重要な国や人がどんどん増えていったほうが、人生がより豊かになっていくのではと感じています。
そもそも国とは、本当はないものに対してボーダーで縛りをかけている。ボーダーがあるが故に見えなくなっている大切なものがあるのではないかと感じます。人と人とがつながることで、無関心だったことに関心が芽生えたり、敵だったものが敵じゃなくなったりすることは実際あると思うのです。ピーナッツバターがそのきっかけになったらいいなと思いますし、弊社がやるべきことはそのきっかけを生み出すことだと考えています。
───最後に、「愛と美しさを信じ、守り抜く」ための仲さんの姿勢をお聞かせいただけますか。
仲 自分に嘘をつかないことです。私は、人は心の一番深い部分で誰かのために何かをしたい、正しいことをしたいと求めていると信じています。それを追求するのにはかなりのエネルギーが必要で、目に見えるものや世の中で常識とされているようなものなど、自分以外の何かに囚われてしまうと、見失ってしまうこともあると思いますが、自分が本当に求めていることは変わらずに自分自身の中にあると思うので、それをごまかさないようにしたいなと感じています。嘘をつかないで生きてくほうが、実は一番楽な生き方かもしれないですね。苦労は多いけれど、苦痛ではないです。
───本日のお話を通じて、たくさんの勇気をいただきました。貴重なお時間を本当にありがとうございました。
Interviewer:蛭子 彩華 本誌編集委員
仲 琴舞貴(なか ことぶき)
株式会社SANCHAI 代表
1978年、福岡県生まれ。2016年、ヒマラヤの麓にあるネパール東部コタン郡に自社工場を設立し、無農薬・無添加で品種改良されていない希少なピーナッツを使ったピーナッツバターを製造、販売。現地女性を雇用し、働く体験を通して豊かな人生を生み出すことをめざす。
ピーナッツバターはネパール国内と、2019年より日本でも販売をスタート。
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