by 本間 貴裕
株式会社SANU
ファウンダー・ブランドディレクター
INTERVIEW
───SANUは、2021年4月のサービスリリースより24時間以内に初期会員枠は即時完売し、サービス開始からわずか5か月で数千人が登録待ちの人気サブスクリプションサービスとして話題になりました。月額5万5,000円の会員費は安価ではないですが、それだけ期待が集まっているのはなぜでしょうか。
本間 大きく分けて2つの理由があると捉えています。まず1つ目は、私たちが提供するサービス自体をたくさんの方が求めていたということ。創業時に私たち自身が使いたい同種のサービスがまだ世の中にはなく、自分たちで作ろうと考えました。私は、1人の人間が心の底から欲しいものというのは、絶対に他者も求めていることだと強く信じてきました。なぜなら、私たちは過去から現在、未来へと続く時間の流れの中で、今ここに存在していて、それと同時に平面方向でも社会があります。社会生活を営んでいる人間は、その歴史と社会の中にあり、様々な情報の影響を常に受けながら日々生きているからです。
例えば、今日、私は小豆色のニットを着て、水筒を持ち、花が欲しいと感じる、その心の動きというのは私だけの唯一無二のオリジナルなものではなく、今の社会の流れの中に存在します。従って、その感覚は何十万、何百万の同時代に生きる人々と常にリンクしているため、そのWantsの部分を突き詰めることが重要になります。
2つ目は、マーケティングやPR領域での取り組みが効果的に現れた結果だと考えています。Wantsの部分もっとも大切ですが、それのみで成立するのではなく、最後の微調整の部分、ファインチューニングが要になります。それ次第で、100人に刺さるか、10万人に刺さるか、はたまた1,000万人に刺さるかが変わり、そのチューニングの部分がマーケティングやPRだと捉えて取り組んでいます。
1つの軸は、ブランドドリブンで自然が大好きでオリジナリティがあるものづくりと、もう1つの軸では、マーケティングに取り組み、スタッフやアンケートなど利用者の意見も聞きながら、最適化させています。その一見、相反する両軸が機能した結果、今の期待感に繋がっていると感じています。
───いわゆるアーリーアダプターからアーリーマジョリティへと、早い段階で認知と会員層が広がった印象がありますが、実際はいかがでしょうか。
本間 そうですね。体感としてその感触はあります。最初の段階からプロダクトアウトとマーケットインの両面から本気で考えて動いた結果だと思います。私はオリジナルな素晴らしいものを1つ作り少数の人に深く伝えたいタイプですが、共同創業者の福島は社会的なインパクトを常に考え、広げていきたいタイプです。この相反する2人は、ときとして全く意見が合いませんが、徹底的に議論を重ね、どちらも欲張りに追求します。
今の時代、プロダクトアウトとマーケットイン、どちらかが正解ではなくて、どちらも必要だと考えています。例えば、AとB、2つの選択肢があった際に、私がAを選んでも、数字やスタッフ、会員の声を聞く福島の、Bが求められているからBで進めるという意見が勝つことがあります。その逆ももちろんあり、みんながBが好きでも、曲げられない信念があり、Aを選択することは譲れないという私の意見が勝つこともあります。その場合、どこで決定や線引きをするかというと、どちらの思いがより強いか、意志を曲げずに押し切れるかを大事にしています。私と福島に限らず、社内のチーム内でも常に各々の意見を戦わせ、突き詰めています。スピードを重視する際には、意思決定の領域を決めたほうが議論するプロセスを省けるため早く進むかもしれませんが、この意見交換と押し問答に見えるようなせめぎ合いが、健全なものづくりに繋がっている確信があります。この部分は決してなくしてはいけない部分だと感じています。
実は、プロダクトアウトを突き詰めた先も、マーケットインを最後まで追求した結果も究極の部分では同じで、いいものができるのではないかと考えています。例えば、究極にこだわり抜いた結果生み出された製品は、スモールジャイアントと呼ばれる、アイテム数は少なくても世界に影響を与える企業になりえます。一方で、マーケットインで人の意見をひたすら聞いた結果、作られた製品はみんなが欲しいものを生み出す企業になりえます。私たちは両サイドの人間が共鳴した結果、それぞれが道を作って二方向から山頂をめざして登っていますが、極めた先に見える景色は実は同じなのではないかと感じています。ただ二方向から登ることにより、到達スピードが早くなるかもしれません。
───プロダクトアウトとマーケットインを両立するのは、難しいように思いますが、どうお考えですか。
本間 世界の一流企業では両方を兼ね備えています。例えば、ナイキは製品にこだわりやストーリーがありますが、様々な客層が購入できる商品幅があります。6900円といった買いやすい価格のスニーカーから10万円を超える高額なものまで、どちらも彼らのプロダクトであり、ブランドとしてのクオリティや価値は決して崩していません。両立させるための近道や正解はないと考えていて、ワントップで判断できる人もいますが、私たちはツートップだから成立しています。一人で両立を考えるのが難しい場合、自分にはない力を持っている人と組む必要がありますが、パートナーを選ぶ際に重要なのは、実は一緒に仕事をしたい人というよりも、共に人生を歩みたい、そう覚悟できるくらい強い思いが共有できること、人として信頼できることではないでしょうか。私は福島と出会えたことが幸せですね。
───サービスを考え、コンセプトを決めて2か月でリリースし、約半年後の2020年11月に創業、サービス提供を開始したのが2021年4月と1年かからずにオリジナルのキャビンを建設しています。これは驚異的なスピードですが、そこまで急がれた理由を伺えますか。
本間 2020年6月に「セカンドホーム」というコンセプトを決め、意図的にリリースを急ぎました。1か月で全て準備して、7月に建築のパースとともに発表しましたが、確かに通常では考えられないスピードです。ここには明確な理由があります。緊急事態宣言が出て、東京から出てはいけない、建物の中に留まることを強制されてはじめて、自然や外に出ることを欲している自分に気がつかされた方が多かったと思います。当時は、3か月で終息するか、1〜2年かかるのか、まったく先が読めない状況でしたが、いずれ終息することだけは確かで、生活が日常に戻ったときに、そこで感じた意識が失われていくことも容易に想像ができました。パンデミック前のように近くの自然よりも遠くの贅沢な自然や普段、行けないような場所に行くのが旅行であり、旅を消費していく感覚に戻るのではないかという危惧が強くありました。「楔を打つ」と表現していましたが、身近に自然があるライフスタイルが注目され、意識されているときに、事業体として認識してもらう必要があると考えました。そのサービスが残ることで、生活習慣や人の心の持ち方にも、あのときに立ち返る場所ができるのではないか。人の生活や在り方、心の持ち方がキープできる、もしくは前進していく環境を作るために、ローンチまで急ピッチで進めました。
正直な話、私も福島も海外に行くのがとても好きで、海外に行けなくなった当初、日常が急に色褪せたように感じたのですが、国内の自然を巡るようになり、自分が知らなかった、近すぎて見えていなかった世界を知りました。日本は四季があり、海や雪や森や紅葉など、実は全てがここにあり、極端な話、海外に行かなくても十分に楽しめます。私たちは都内から3時間で行ける自然を中心に拠点開発を進めてきましたが、国内のかなり多くの場所に行けます。まったく飽きないどころか、身近な自然の楽しさや美しさに気がつき、日常がどんどん楽しくなっていったので、ただひたすらそれを伝えたいですね。安全で、時差がなく、言葉が通じて、食べ物も美味しくて、思い立ったらすぐに行ける、いいことづくめですよね。
───キャビンに泊まると、森の中にいることを感じられます。キャンプが得意ではない私は、これまで体験したことがない感覚でとても癒されました。あのキャビンのデザインはどうやって生まれたのか教えていただけますか。
本間 キャビンの設計は株式会社ADXの安齋好太郎さんが担当していますが、実は、ローンチ時のパースと今のキャビンの設計はまったく異なっています。最初に出たデザイン案は、一般的な長方形のトレーラーハウス型で、一面がガラス張りになっていて自然が見えるものでした。当時、私と福島はその案で進める予定でしたが、安齋さんが開発が進むタイミングで出してきたものが今のデザインです。最初にペン書きで今の案を見せられたときは、違和感や気持ち悪さを覚え、元の案の方がいいのではないかという話もありましたが、安齋さんの考えはとても明確でシンプルでした。自然の中にキャビンを建てるときに、木をなるべく切らずにすませるためにはどうするべきか、樹木は基本的に、縦に細長く伸び枝葉があるので、四角い建物を建てると葉の部分が当たり、木を切る必要が生まれます。今のように屋根を斜めにカットすることにより、木の間にキャビンの上部が収まるため、切る部分を減らすことができます。
さらに、副次的な効果ですが、北軽井沢など、より森に近い場所にあるキャビンは、間近に森を感じられ、目の前や隣に木々や自然の一部を感じながら眠ることができます。彼は人間よりも森ファーストですべてを考えているので、発想が全く違って素晴らしいですね。通常、人間が作る建築は、人間ファーストで考えられていて、既存の部材を使い、住みやすいレイアウトで、建てやすく合理的です。しかし、森ファーストになった瞬間にすべてのルールが変わります。結果、他とはまったく違ったものができあがり、見たことがないから最初は違和感を覚えます。ですが、いざ森の中にあると森ファーストで考えられているから、森にフィットする、そういった順番をたどっている気がします。
私たちはコンセプトを作り、こういうものを作ってほしいとオーダーしましたが、昇華させきったのはADXだからこそです。初めに安齋さんにお願いした点が2つだけあり、1つ目は、自然の中にある曲線を取り入れたデザイン、2つ目は、究極のデザインは植物の中、自然の中にあると感じていて、それらに勝とうと考えるのではなく、それらの邪魔をしないプレーンなものを作ってほしいという点です。器に例えるとキャビンは白い器であり、窓から見える借景、自然がもつ意図的には作り出せない美しさ、素晴らしさがあり、それをメイン料理だと捉えています。
───初めてのキャビンは、白樺湖と八ヶ岳ですが何か理由がありますか。
本間 気に入っていた土地であるのはもちろんですが、面積が小さく工事が早かったことと、人の存在が大きいですね。白樺湖にはオペレーションを一緒にやっていただいている福井五大さんという方がいます。素敵な人が1人いるだけで、その土地の価値や景色が一変します。
「白樺湖1st」キャビンはレイクフロント、湖のすぐ目の前ですが、普通では簡単に使用できない場所ですので行政の協力があったことも大きいです。私たちが拠点を選ぶ際に、町自体のネームバリューは、全く重要視していません。北軽井沢にも拠点がありますが、有名な土地だからではなく、ちょっと湿った森の豊かさや土地そのもの、自然の魅力と、どういう人が住んでいるかが重要ですね。私たちの取り組みは関東から始まりましたが、これから日本各地に広げ、世界にも広げていきます。私たち自身もどんな景色が見られるのか楽しみにしていますし、その魅力をユーザーの方々に伝えていきたいです。
───会員サービスを通じたコミュニティづくりは考えていますか。
本間 イベントはこれからも定期的に開催予定ですが、いわゆるコミュニティづくりを施策として取り組む予定は現状ありません。昨今、コミュニティを形成するという言葉がよく使われますが、同じものを好きだという気持ちが連鎖し、自然に醸成されることがコミュニティには大切だと感じています。八ヶ岳の麓の空気や景色が好きという気持ちが繋がること、好きでよく行くよ、住んでるよ、みたいなところから話が重なっていく、それは釣りでもスノーボードでもその土地の話でも全て同じです。
そのような好きな気持ちで繋がった人たちの集まりをコミュニティと呼び、そのいい感じの人たちを見て、企業が意図的に販売戦略などで仕掛けるようになりました。ですが、人間は仕掛けられた意図的なものには、少なからず違和感を覚え、気持ちが冷めます。あくまで自然に生まれる状態がいいと考えていますが、その好きになる時の始まり、きっかけは誰かから起こるので、その始まりの存在でありたいとは思っています。
───海外進出を含めた今後の展開を教えていただけますか。
本間 HPにもヴィジョンとして掲げていますが、3年後には海外展開を考えています。コンセプトの「Live with nature.」を「地球に住む」とも言い換えていますが、身近な自然を意識してもらいたいですね。例えば、キャビンのある白樺湖周辺の森に元気がなくなっていたら、何が起きているのか考えますよね。1度しか行かなかったら「白樺湖って汚い場所」という印象で終わってしまいますが、繰り返し訪れる場所は自分の家や庭、故郷のように感じられます。それが、パタゴニア、アラスカ、トルコ、スイス・・・というように世界中に広がったら、地球の自然環境がどうなっていくかが遠い話や問題ではなく、とても身近なことに感じます。まず、その美しさを身体性を持って知覚し、その先に好きになることでどうすれば守れるかを具体的に考える、それが自然な流れですよね。そのためにも、今後の展開は地球規模で考えています。年間で5拠点から10拠点ぐらい進め、3年以内に約200棟を展開予定です。
───常に近い未来と遠い未来の両方を見ている印象を受けましたが、意識していますでしょうか。
本間 私や福島、さらに、今一緒に働いているスタッフを含めて、大袈裟な話ではなく、人生をかけて、このプロジェクトを進めています。中心メンバーはほぼ30代半ばで、体力もあり働き盛りです。だからこそ、この先30年の目一杯働ける時間、人生を賭ける覚悟で仕事にしました。自分たちが60歳、70歳になるまでやり切るつもりで取り組んでいるため、どうしても長期的な視点になります。さらに、人間相手というよりも自然相手のため、長期的な視点で見ざるをえない部分もあります。キャビン一棟に約150本の針葉樹を使用しますが、先日、釜石で1000本を植樹してきました。今回、植えた木が、木材として実際に使用できるのは約50年後です。私は今36歳ですが、86歳の時に初めて、植樹した木を木材として使用できます。それを考えたときに最低50年のスパンで考える必要があります。「Live with nature.」というミッションを掲げているのに数十年という単位を受け入れられないなら崩壊します。長期的な視点を持つのはとても大事だし、自然なことです。
一方で、50年間、何もせずに待っていては遅く、自然環境に対する私たちのスタンスには、まだ正解がないと思います。エネルギー問題も、食料問題も、人間のライフスタイルもそうですが、自然を壊しながら進んでいるのは事実です。50年後のために、動かずにじっくり考えて立ち止まっている時間もありません。少しでも正解に近い可能性があることを試しながら、結果、間違っている可能性があっても、ベターになる可能性があるものを手に取りながら走る必要があります。感覚的にいうと、飛行機を飛ばしながら組み立てながら、修正を加えながら飛んでいます。まずは飛び始めないと間に合わないから、長期的な視点を持ちつつも、短期的にやれることはやっていくっていうスタンスですね。IT業界ではアジャイル開発※と言われる手法ですが、建築では一度作ったら50年は壊せないため、難しい部分はあります。その緊張感は常にありながらも、恐れずに取り組んでいます。
今、環境問題や戦争などかつてない時代の転換点にいますが、ポジティブにスピード感を持って突き進めば、その変化を見渡せたり、突端に立って変化の一翼を担えるのではないかと考えています。私たちが全ての変化を作ろうとは考えていませんが、世界中で様々な変化を作ろうとしている人たちと繋がり、理想の未来を作る側に全速力で向かっています。
───次の時代を作ろうと考えている人たちのお話は様々にリンクしているのを感じます。今後の展開を楽しみにしています。本日は貴重なお話をありがとうございました。
(Interviewer:吉田 けえな 本誌編集委員)
※アジャイル開発とは、近年、使われているソフトウェアの開発手法の一つ。 機能単位の小さなサイクルで、《計画・設計・開発・テスト》までの工程を繰り返す開発方法。 変化に対応しながら進めることで、リスクを最小限にすることが出来る手法として知られている。
株式会社SANUの事業とは
⼈と⾃然が共⽣する社会の実現をめざすライフスタイルブランド。 持続可能な社会をめざすことに向き合い、楽しく健康的にこの地球で暮らし続けるために、自然に触れ合う人を増やし、好きになってもらうことと、自然への負荷を最小限にした開発というアプローチをとりながら、以下、2事業を展開する。
①Sanu 2nd Home (2021.11~)
月額5.5万円で自然の中にもう一つの家を持つセカンドホーム・サブスクリプションサービス。都心から約3時間ほどのアクセスしやすい、自然豊かな立地にキャビンやサービスアパートメントを建設することで、繰り返し通いたくなる身近にある自然の美しさ、魅力を発信している。自然が好きな人を増やすことで、守ることに繋がると考え、人と自然が共生する社会の構築をめざす。また、これまでのリゾート開発とは異なる手法を模索し、化石燃料由来の素材の使用を最小化し、日本の森を豊かにする国産木材を活用。風土と水の流れを維持し、土壌へのダメージを最小化するための基礎杭工法を採用するなど、環境負荷を最小限にした独自開発のキャビンを使用している。
②ホテル・レジデンス事業 (開発中)
オアフ島ホノルル (米国ハワイ州)で、ライフスタイルホテルをプロデュースし、訪れる人々に、ハワイ本来の自然の美しさや尊さ、魅力を体験してもらう機会を創出する。LEED認証取得をめざし、収益の一部を地域の自然保全活動に還元するなど、展開先の自然環境が回復していくほどのインパクトを持つリジェネラティブ企業をめざす。
本間 貴裕(ほんま たかひろ)
株式会社SANUファウンダー・ブランドディレクター
福島県会津若松市出身。 2010年「あらゆる境界線を越えて、人々が集える場所を」を理念に掲げ、ゲストハウス・ホステルを運営するBackpackers’ Japanを創業。同年、東京・入谷に古民家を改装した「ゲストハウスtoco.」をオープン。その後仲間とともに「Nui. HOSTEL & BAR LOUNGE」「K5」など6軒の宿をプロデュース、運営する。2019年代表を退任、新たに人と自然が共生する社会の実現を目指して作られたライフスタイルブランドとして福島弦氏と共にSANUを設立。サーフィンとスノーボードがライフワーク。