INTERVIEW
本間 充(ほんま みつる)
東京大学院理学部数学科 客員教授、
事業構想大学院大学 客員教授
2015年まで、花王株式会社にて、研究開発、スーパーコンピューターの運用、Webサイトの構築、デジタルマーケティングなどを行う。
2020年に、マーケティングサイエンスラボを設立。多くの企業のマーケティングの支援を行う。
現在、アビームコンサルティングにて、デジタルマーケティング、デジタル活用戦略のコンサルタント。ビジネス・ブレークスルー大学大学院客員講師、日本数学会会員。
by 帆刈 吾郎
長年アジアにおける消費財企業のマーケティングに従事、現在コンサルタントとしてデータマーケティングにも詳しい本間充さんに、企業のマーケターはアジアのプラットフォーマーをいかに活用していくべきかお話を伺いました。
───日本とアジアでのプラットフォーマーを取り巻く環境の違いについてどうお考えですか。
本間 日本市場が東南アジアや中国と違うのは、多言語圏ではないというところです。特に東南アジアは英語圏でないことに加えて、多民族多言語圏です。これが、日本と東南アジア、中国におけるアプリの利用の違いになっています。
タイが発展しているとはいえ、人口は8,000万人程度。しかも、モバイル市場はまだまだグロースしている最中なので、スマホは持っているがパケット課金を気にしながら使っている人たちもいれば、アプリよりも電話の代替物としてメッセージングを使っているという人もまだまだいます。Amazonが進出しない理由は、このような多言語対応の難しさ、スマホの利用方法の違いにあるわけです。日本は一つのアプリに集約化する傾向があるのですが、東南アジア、中国はアプリにおいてもかなり、言語や目的の違いから多様性があり、日本人が知らないアプリも多くあるわけです。逆に、東南アジアの人たちからすると、なぜ日本はアジアの国なのに、欧米と同じアプリばかり使っているのだろうかという感じになっていると思います。
ですので、日本本社のマーケターが現地でのアプリやソーシャルメディアの利用状況の違いを知らずに日本と同じように売ろうとして、マーケティングがうまくいかないということはよくあります。
───アプリやソーシャルメディアの使い方の違いで、特徴的なことはありますでしょうか。
本間 アジアでは日本よりもアプリのトレンドの変化が速いと思います。東南アジアでは年代によるデジタル・デバイドがあまりないため、年代を問わず一斉に使い出すところがあります。また、いいものであれば入れ替えるという発想があり、Grabがいいよと聞くと、みなGrabを使うわけです。自分はベトナムで先日まで使っていたSNSが、国の通信のルール変更のため急に使えなくなるということがあったのですが、そういうことに関して柔軟な東南アジアの人たちと、日本のように比較的アプリの利用環境が安定している国では生活者意識がかなり異なりますので、現地の情報を絶えず理解する必要があります。
以前シャンプーのキャンペーンをSNSでやろうとしたことがあり、マレーシアのSNSのコンサルタントの人たちと打ち合わせをしたことがあります。その際、髪型ターゲティングという考えを話したのですが、現地のコンサルタントは、そもそも髪型の流行り廃りということを自分たちは言わない、というのです。日本人的には髪型のメインストリームがあるので、流行り廃りという考え方があるのですが、彼らは、それぞれが好きな髪型にすればよい、という考えで髪型ターゲティングという概念がそもそも分からないというような話になったのです。ですので、そもそもダイバーシティの幅が日本とは全く違うのだろうと感じています。
───同じ国の中でもコミュニティによって生活者意識が違うということもありますか。
本間 アジアはシングルカルチャーではなく、日本以上にコミュニティが細分化されているということも理解しないといけないと思います。中国、またシンガポールなどでは、出身地がばらばらなことが当たり前です。シンガポーリアンの中にはフィリピンバックグラウンド、インドネシアバックグラウンドといった人たちが多く含まれます。 彼らは食生活が明確に違うため、コミュニティが異なる傾向にあります。日本人はSNSで食べ物の話をよくすると思いますが、東南アジアでは食べ物の話をしてもそこまで盛り上がらない理由はこういうところにもあると思います。
───ソーシャルメディアの使い方もコミュニティで変わってきますか。
本間 そもそも使うソーシャルメディア自体がコミュニティで異なります。ですから「現地ではこれが話題になっています」という考え方自体、あまり適さないと思います。テーマ的な違いでいえば、日本はエンターテインメント性のあるものが好まれるように思いますが、アジアでは、知的好奇心を刺激するようなものが盛り上がることがあります。Tipsクイズ的なもの、例えば、ある写真を見せて、この写真の観光地はどこでしょう、この写真は何年前のものでしょうといったクイズ問題にみんなで参加して盛り上がるといった使われ方もあります。
───本間さんがプラットフォーマーと協業された際に気をつけていた点はありますか。
本間 マーケター時代にアジア現地のマーケティング支援をするときには、SNSやカルチャー関係の活動に関しては現地のPRエージェンシーに必ず入ってもらっていました。日本人にとっては問題のない文章でも、現地ではあまり良くない意味を持つこともあります。また意味が正しく伝わっても、正しい感情まで喚起できるかどうかが重要です。中国では、現地スタッフが数多く在籍するPRエージェンシーにソーシャルメディアの戦略を考えてもらっていました。また、東南アジアでは、できるだけ東南アジアの複数国をカバーしている会社を選んでいました。
東南アジアは複数言語、複数民族が混ざっている国が多いので、ある一つの民族、ある一つの言語でうまくいくからといって、他のところでもうまくいくという保障がないのです。ですので例えば、マレーシアのエージェンシーを使うときも、マレーシア、フィリピン、シンガポールを見ているような会社に必ず頼むようにしていました。こういうコミュニケーションを行ったとしたら、シンガポールの人たちがマレーシアに行ったときに奇妙に感じないか、というようなことはよく確認していました。
───商品のコミュニケーションを考える上でアジア特有の視点はありますか。
本間 製品のファクトを伝えるときにスペックを知りたいと思う人たちと、歴史観のような信頼性に関する情報を欲しい人というのは、国、また同じ国でもコミュニティによって違うため、現地の生活者が一番信頼する情報のカテゴリーが何かということは、常に現地のメンバーに聞きます。例えば、シンガポールで花王は45年の歴史があるので、実はシンガポールの会社と思っている人たちも少なからず存在します。
ですので、実はメイド・イン・ジャパンということが一番、ベストクオリティのアンサーだと教わると、そういうことかと納得することがあります。一方、中国に行くと、「日本花王は100年以上歴史がある。100年の歴史というファクトは中国人にとって一番刺さる」と言われることがあります。その民族、その国の存在によって、信頼性が高い、共感性が高いファクトの領域は違いますので、現地の意見をよく聞くようにしていました。 逆に炎上するような内容も、国によって微妙に違いがあるように思います。シンガポールではカスタマーサポート関係の炎上が多い印象です。一方、タイでは品質クレームが多い。日本企業が東南アジア進出するときに、以前であればグローバライゼーションと言っていたのが、ある段階からグローカライゼーションに変わったのですが、グローバルな仕事をローカライゼーションしなくてはいけないということを理解し始めたのだと思います。やはりグローカライゼーションの視点は絶対重要なのだと思います。
ネスレでは現地法人の社長には現地の人をあてない、というルールがあったと聞きます。というのも、現地の人を置いてしまうと、その国の日常が常識だと思い込みすぎてしまうからなのだそうです。すなわち、他の国から見ると非常識であることを、常識だと思い込み過ぎてしまうため、その国固有の常識というものへの理解がされないということなのです。ネスレは食生活の会社ですので、その国においては普通ではあるが、他の国から見ると不思議なことというものがビジネスチャンスになりえます。ネスレでは例外はありますが、現地法人の社長は基本的には現地のスタッフ以外の人を配置する考え方です。
一方、P&Gでは逆に必ず現地のスタッフを幹部として登用します。トイレタリーでは現地の人の日常生活をきちんと理解をしていないと、マーケットインできないと思っていますので、必ずローカルスタッフを採用するというようになっています。その意味では、方法は違えども、現地を正しく理解するということが、どの会社においても、重要なテーマになります。日本の場合は日本から落下傘で現地の社長に着任してしまうことが多く、4、5年という任期の中で本当に現地を理解できるのかというと、結構、難しい問題だと思います。
日本企業のマーケティングプロセスにおいて、現地をどう理解するかというのは、もう一度しっかりと重要なテーマとして上げなくてはいけないと思います。
───東南アジアではGrab、Gojekなどライドシェアからペイメント、フードデリバリーのサービスがありますが、そういう企業とマーケティングを一緒にやるにはどのようにしたらよいでしょうか。
本間 Grabを使うということは、本来の最終目的があるから移動するわけです。ですので、その移動してやりたいことが何かについて、マーケターが情報を得られるのであれば、移動のサービスに別のサービスを載せることが可能なわけです。ジャパンタクシーのアプリを作っていた会社の方が言っていたのは、現在は広告ディスプレイを載せていますが、広告ではなく、本来タクシーの中でできることをおもてなしとしてできるのであれば、それは一つのサービスになると。一時、ジュースのサンプリングなどをされていたのも、そのテストだと思います。ですので、タクシー移動の中でやれること、もしくはタクシーで移動した先でやれることをマーケターが考えられると、それこそスーパーアプリの上にある、お客さま動線上での行動マーケティングができるはずです。
このトライアルはまだ日本では実現していませんが、実はデジタル庁が面白いことを言っています。デジタル庁が言っていたのは、去年、一昨年と政府がMaaSの実験を数多くしてきましたが、実はMaaSという考え方がそもそも間違いだったのではないかと。モビリティ・アズ・ア・サービスという定義ではなく、本来は最終ゴールにMaaSが付加されるべきなのではないかということです。病院に行きたいからタクシーに乗るのであれば、病院側のサービスにMaaSが付加されるべきだということです。「最終ゴールを先に考えるべきである」という考えのもと、今年のデジタル田園都市構想の中の実験では、国民、市民が最終的にやりたいサービスに対して、デジタルをワンストップでお客さまにサービス提供できないかということが検討されています。
こうした考え方は、マーケティングのヒントにもなると思います。お客さまが最終的にしたいことに関して、様々な中間サービス提供会社がありますので、そこをつなげていくことで価値を提供できるのではないかということです。
───フードデリバリーも似たような考え方になりますか。
本間 日本人は今回のコロナ禍に関して、コロナ前に戻そうとしているところがあります。これは日本人のマインドの影響だと思います。アメリカではコロナ前からUber Eatsなどのフードデリバリーが流行り始めていました。なぜかといえば、混んでいるレストランに並ぶのであれば、自宅で待てば料理が来るのだから、それでいいではないかという考え方なのです。逆にコロナになって市場が加速した日本でのUber Eatsを日本人はコロナ下の代替手段と思っているところがあります。このコロナ禍に対してアメリカではステップフォワード(前に進もう)と言っていますが、日本は復活、復興という言葉を使う。東南アジア市場はどちらかというとステップフォワードの考え方に近いので、東南アジアでマーケティングするには、このようなマインドの違いにも気をつける必要があると思います。
───企業がプラットフォーマーデータをマーケティングに役立てる動きはアジアでは進んでいますか。
本間 アジアは成長速度が速いため、データをしっかり見ないといけない状態になっています。しかし、そのために、詳細な個人情報が必要かというと、そうでもありません。購入者と非購入者のグループの差を見る。エリア別の売れているプロダクトの違いを知ることから始めても十分でしょう。
東南アジアはまだまだ、買い物自体がエンターテインメントになっている時代にあると考えています。このような背景から、消費に関する個人の情報を提供すると、それにふさわしいディスカウントクーポンを提供することでも、お互いにWin & Winの関係が構築できます。日本では、ディスカウントクーポン自体が、もはや特別なサービスともいえないし、それほど買い物したいというわけでもなくなっているので全員にクーポンプレゼントというようなことには魅力が薄くなりつつあります。消費時に、個人情報を集めるときの容易性や障害は、このようにその国の消費マインドと、かなり深く結びついているともいえます。
東南アジアでは一定のお客さまとのオプトイン、オプトアウトの契約はありますが、まだ東南アジアでは買い物自体が楽しいから、クーポンをもらえることはいいことだと思っているところもあり、まだまだ個人情報の取得と活用自体は進むと思います。
一方、中国では、広大な土地と大きな人口がありながら、ECマーケットについては少数のプラットフォーマーに収れんしています。スマートフォンの普及とECの成長の歴史を一緒にしていたこともあり、あっという間に中国人の大半が少数の大規模なECプラットフォーマーを使うことになったということが、諸外国と比べて違う状況です。
この中国のECプラットフォームの寡占は、マーケティング調査や商品の配荷にも影響を与えています。例えば、日用品の業種でいうと、ローカルな市場調査をしたいのですが、国土が広いため難しいところがあります。結果、ECで調査したほうがフェイス・トゥ・フェイスの調査より楽になってしまっています。中国は一つの国でありながら、沿岸地帯と内陸地帯では全く違う生活をしている中、ECのほうがスーパーマーケットよりもむしろローカライゼーション可能なマーケットになってしまった。そこが大きな違いなのだと思います。
中国でもドラッグストアなど大きなネットワークチェーンがありますが、彼らは彼らで仕入れパワーをうまくメーカーに使いたいと思うと、全国同じ商品を置くような、通常のスーパーマーケットビジネスになってしまいます。一方ECはそこを考えなくてよいので、実はECのほうがローカルアダプテーションされている業態なのです。特に中国ローカルの会社のほうがTモールでのテストマーケティングをよくやります。
彼らの中にもともと仮説がある中で、やってみればいい、それで駄目ならばやめればよいという感じですので、ロジカルかつ割り切ったやり方が、Tモールでのビジネスに向くのだと思います。
───東南アジアにもShopee、LazadaなどECが浸透しつつあると思いますが、そこでのマーケティングサービスはどうあるべきでしょうか。
本間 EC化はもちろんあると思います。ただ問題は、東南アジアは規模が取れないということです。ですので、東南アジアではOMO的な感じが残るのだと思います。すなわち、ECサイトとお店のハイブリッドデリバリーのような業態です。中国は逆に国土面積が広過ぎるため、お店に置くこと自身が相当な投資になってしまいます。ですので、むしろ無人店舗型のほうが成長すると思います。東南アジアはお店というロケーションサービスが存在しているため、そのお店をつぶすのではなく、ECとお店の共同作業ということになるのではないでしょうか。
───プラットフォーマーが企業のマーケティング支援サービスを提供するようになるとどのような変化が起こるしょうか。
本間 マーケティングの標準化は起きるのですが、標準化されていない外れ値のところで戦うマーケターは残ると思います。すなわち、一番確率が高く、ボリューミーなマーケティングをみなが志向すると、逆にそういった市場はレッドオーシャンになってマーケティング品質または価格での競争になると想定されます。一方で誰も攻めてこないビジネス領域は必ずあります。例えば、モエ ヘネシー・ルイ ヴィトン グループが持っているラグジュアリーブランドは、大量に買われる物ではないから、アイテム数は多くないが、高価格によって一定のプロフィットを得るというビジネス。一方、百円均一型のような大量ロットで製造し、売り切ったところでやめるようなやり方もあっていいはずです。ですから、マーケティングの考えがコモディティ化されたとしても、実際の現場で行うマーケティング戦略・戦術は、常に新しい「かたち」が生まれると思っています。マーケターのスキルセットが標準化されても、マーケティングを誰でも同じように行うといった状態にはならないと思っています。
現在は、事業拡張というとブランド拡張的なマーケティングが多いのですが、お客さまの行動視点から見たときの事業拡張という点ではまだまだ余地は大きいと思っています。今までのマーケターは、提供する商品・サービスとお客様の間の、ポイント・トゥ・ポイントのビジネスが主体なのですが、優秀な企業は生活者の行動導線上に起こるビジネスをつなげている。例えは、洗剤を買った後に行う行動も考え、その一連の行動を便利にするサービスを提供できないかといった事例です。既存事業を生活者行動導線の視点から事業拡張するということです。
スーパーアプリ、プラットフォーマーといわれるものも、その一つの潮流だと思います。1個のアプリから色々なことをしてもらうのがスーパーアプリ。では何をしてもらうのかというと、お客さまの生活様式にあった生活導線上にあるものを繋げていくのが一番いいはずなのです。
───最後に、アジアプラットフォーマーの企業とマーケターはどうつき合うべきでしょうか。
本間 そろそろ日本のマーケターは多民族多言語的なカルチャーの勉強をしたほうがいいと思います。まさに今回取り上げられた東南アジアのスーパーアプリがなぜ、東南アジアで伸びていて、日本と違うのかという背景は理解したほうがいい。なぜかというと、それは日本が後々、多民族多言語マーケットになる可能性が高いからです。今回コロナ禍で若干鎖国気味ですが、諸外国から見ると、これほど安心安全な国はないです。実は日本に住みたいと思っている方は結構いらっしゃいます。何年後かは分からないですが、2050年の世界の状況を考えると、かなり日本は複数言語の国になっていると思います。そのときに日本のマーケターはもちろん、諸外国出身のマーケターとパートナーシップを組んで、マーケティングを行うと思いますが、そこでリーダーシップを取ってやるということであれば、東南アジア、中国で起きていることを日本人なりに理解はしなくてはいけない時期だと思います。
自分も東南アジアの仕事を始めて驚きだったのは、例えばベトナムの平均年齢の若さ、かつ10年後には出世しているぞといったような出世欲もある国と、タイのようにジョブホッピングするのが当たり前の国。タイでは給与水準は転職でしか上がらないと思っていますので、そういうマインドは、やはりしっかり理解しなくてはいけない。その後ろに生活がありますので、そういう意味では東南アジア、中国の人たちの生き方、考え方、そして、そこにあるバックグラウンドはフィールドワークを通して理解されるべきだと思います。
───本日はありがとうございました。
Interviewer:帆刈 吾郎 本誌編集委員