消費者によるイノベーション
本條晴一郎 著 千倉書房
ユーザーがイノベーションの過程で重要な役割を果たす場合があることが示されたのが1976年のことである(Von Hippel)。当時、イノベーションは企業が行うものであり、ユーザーが行うイノベーションの存在はほぼ認識されていなかった。それから30年以上が経過し、ユーザーのイノベーションを企業が採用することや、企業のイノベーションにユーザーを参加させることは企業、社会の成長に欠かせないことを誰もが理解している。
本書では個人の消費者イノベーターに注目する。ユーザーイノベーション研究のメインストリームはコミュニティに属するユーザーイノベーターの領域である。しかし日本を対象とした調査では、個人の消費者イノベーター比率は91.3%(Ogawa & Pongtanalert 2013)と高く、コミュニティに属するイノベーター数を圧倒的に上まわる。個人領域を取り扱う上で、本書が提示した概念が「内的多様性」と「遠方検索」である。内的多様性はユーザーが持つ知識、経験の多様性であり、遠方検索とは情報探索行動の広がりである。この概念に基づき、内的多様性の有効性(6章)、ネットワーキングの有効性(7章)、リードユーザーネス(リードユーザーが有する行動特性:8章)を、行動(問題発見、問題解決)、立場(消費者、生産者)、イノベーションタイプ(創造、改良)、実現分野別に測定するための指標化を行っている。その上で調査データの丁寧な統計処理を経て、生産者イノベーターとの比較から、消費者イノベーターの特性を明らかにしている。興味深い発見の一つが消費者イノベーションの実現分野を3領域(学問、職業、趣味)間で比較し、趣味領域であることを示したことである。多くの資源として存在する個人の消費者イノベーターを、社会や企業が今後さらに活かすためには、その特性を正しく理解する必要がある。本書によって、イノベーション領域の研究発展に加え、経営者、マーケティング担当などによるユーザーイノベーションの実務でのさらなる活用が期待できる。
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近畿大学経営学部商学科
教授 廣田 章光
『広告コミュニケーション成功の法則』
理論とデータの裏打ちで、あなたの実務を強くする。
ジョン・R. ロシター 他2名 著 岸志津江 監訳 東急エージェンシー
本書は広告コミュニケーションに携わる方にはぜひ読んでいただきたい一冊である。なぜなら、おそらくこの先ずっと役立つ、頑健な手法やフレームワークが満載されているからである。『広告コミュニケーション成功の法則』というタイトルだけ見るとビジネス書のようだが、内容は硬派なテキストである。
本書は2018年に出版された『Marketing Communication』の日本語訳だが、ベースとなっているのは、1987年に出版された『Advertising and Promotion Management』である。すでに30年以上の時間が経過しているが、基本的な考え方はまったく色褪せていない。評者自身、過去20年ほど、彼らのテキストを参考に広告コミュニケーションの授業を組み立ててきたが、とても論理的であり、誰にも理解しやすい。とりわけTCBポジショニング(2章)とロシター・パーシー・グリッド(6章)は、広告コミュニケーション戦略を考える際に欠かすことのできない視点を提供してくれる。
それにしても1987年から基本的な内容がほとんど変わっていないというのは驚くべきことである。広告コミュニケーションを取り巻く環境が激変していることを考えると信じ難いことだが、それだけこの本の完成度が高いことがわかる。もちろん細部にわたるアップデートは繰り返されている。たとえばメディア・プランニングの章は、マスメディア時代に培われた考え方をSNSの時代にうまくフィットさせるかたちで説明がなされている。
一見すると、デジタル・コミュニケーションの扱いが少ないように感じる方もいるかもしれないが、心配は無用である。本書はその時々の流行の手法(それゆえすぐに陳腐化してしまう手法)を学ぶものではなく、広告コミュニケーションの「戦略」を学ぶ本だからである。本書が一人でも多くの広告コミュニケーション関係者に読まれることを期待している。
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青山学院大学経営学部
教授 久保田 進彦