大坪檀のマーケティング見・聞・録
21世紀の成長産業は何だろうか。医療機器、医薬品産業、所謂医療産業は間違いなくこれからの成長産業だ。コロナ禍でこの医療産業の重要さ、市場の巨大さはだれもが実感した。コロナのワクチン開発競争でその需要の大きさ、国際性、将来性などが広く認識された。
医療産業だけでない。これからの未来の成長産業を引っ張っていく人の中心は科学者、技術者といわれる人たちであることは間違いない。未来産業といわれるものでは技術者、科学者、未来学者が未来に夢見るもの、創造的なモノ、サービス、生活などで想像を超える未知なるものが中心の世界で、技術者、科学者の頭脳から生まれたものが先導的役割を発し、投資される資金、時間、人的資源、自然資源、情報量はしばしば莫大なものになる。
言うまでもなく、この莫大な人的、資金的、時間的投資がうまく成果を上げる上で不可欠なのは、この投資が的確にニーズをうまくつかみだし、最大限の投資効果を持続的にうみだし莫大な投資に見合った価値を創造することだ。
欧州で新ビジネス開発の会議に出席した際、アメリカのビジネスマンから投資のリターンは最低でも25%確保されないと先端的な新事業に踏み出せないと聞かされたことがある。会議に出席したビジネスマンは口をそろえてこれが難しいと言う。画期的な新薬の創造には10数年の研究活動が必要とされ成功は保証されない。新規事業とりわけ未来学が夢見る先端科学技術が中心の分野では成功の確率は低く、失敗のリスクは高い。高リスク、高リターンの事業分野である。
この失敗のリスクを下げる上で重要なのはニーズと需要、市場の的確な把握、優れたマーケティング戦略の創造だ。科学者や技術者、夢追う実業家の多くはいわゆるプロダクトアウト的な思考が一般的に強い。技術者の中にはこんなすごいものを作ったのだから売れないはずはないという思いもある。売るのは技術者や科学者の仕事ではないという声もよく聞く。筆者が昔新規事業の開発に関係していたころ、「売れるものを作れとよく言われるが、どうしてよいかわからない。こういうものを作れと明確にしてくれれば何とかする。時間と資源(リソース)を与えてくれれば大抵のことは実現できる」と技術者幹部に言われたのを思い出す。関心の高い人もいるがマーケティングの考え、アプローチは技術者や科学者の間になかなか浸透していないのが現状のようだ。
筆者は静岡県立静岡がんセンターを中心に医療機器・医薬品産業の開発促進の仕事に関係している。先端科学技術を中心に置く新製品開発の困難さもさることながら、開発した医療機器・医薬品の売り込み、販路拡大が大変なのを痛感している。関係する医療従事者がニーズを開示、製品は首尾よく開発しても売り込み、販路拡大に苦労していると参入した事業家から何回も聞かされている。ニーズ通りの商品を技術者が首尾よく開発、一部の医者が採用、購入してもそこからの販路開発、売り上げ拡大は別次元の課題で、これが大変だとこぼす。
新規事業に参入の最大の課題は未知なる価値の創造、それなりの対価を持続的に得ること。最近、合言葉のように登場するSDGsに関係するビジネス活動の多くは先端科学技術をベースにするもので成長産業の宝庫となりうるものだ。この未来の宝庫を開拓するうえで不可欠なのが開発の段階から技術者、科学者を含めた組織全体にマーケティング志向を醸成し、開発技術者や科学者にもマーケティング戦略の構築に最初から参画してもらうことだといま改めて痛感する。
アメリカの多くの先進的な企業組織では、最高経営陣に最高マーケティング経営者(CMO)の明確な位置付けをして、事業開発の当初からマーケティング戦略の構築に全社的に取り組んでいる。日本の企業組織にはCMOと呼ばれる最高マーケティング責任者を設けているところはあまり見られない。
一般消費者を相手にする医療品産業OTC薬品の分野でのマーケティング活動は極めて盛んだ。ドラッグストアといわれる流通ビジネスをうみだした。この流通ビジネスを生み出した経営組織ではCMO機能がどのようになっているのだろうか。
日本の企業組織にもこの際CMOの役割、位置づけを明確にするなどマーケティング機能を再構築し、未知の世界に挑戦する先端技術産業と取り組む日本企業から世界をリードするマーケティングの新理論、考え方、アプローチが生まれることを期待したいものだ。
Text 大坪 檀
静岡産業大学総合研究所 所長