Text 野崎 安澄氏
NPO 法人セブン・ジェネレーションズ
代表理事
解決策を知る -ゴールと道筋を思い描く
「地球温暖化が起きているのは知っているけれど、何をしたら良いかわからない」
「大きな問題すぎて、私にできることなんて小さいし・・・」
「気候危機に取り組むのは、私(市民)の仕事ではなくて、企業や国の仕事でしょ?」
無力感、あきらめ、自分の問題ではない。地球温暖化や気候変動に関わる市民活動をしていると、そういった声を聞くことが多くあります。
環境教育の中では以前から、節電やリサイクルなど効果的と思われる解決策を提示してきました。一方で、あまりにも地球温暖化と普段の生活との距離が遠かったり、理論の説明が中心で、感情・心に訴えかけ「私が行動することで、絶対にこの問題を解決したい!」と、心が奮い立つ内容ではなかったり。
様々な理由から、学んだ瞬間にはいろいろ行動しようと思っても一歩が踏み出せない、一人でしていても行動が続かないなどの課題がありました。
ポイントは、問題が起きていることには気づいているし、地球や未来の世代に対する思いやりも等しく持っている、ただ、自分が何をしたらよいのかわからない、もしくは行動していることが本当に効果的に問題解決に貢献しているのか感じられていない、ということ。
2020年に翻訳出版された『ドローダウン 地球温暖化を逆転させる100の方法』(ポール・ホーケン著)は、そんな私たちに希望と歩む道筋を見せてくれる本でした。
大気に関する用語としての‟ドローダウン”とは「増え続ける温室効果ガス (CO2=二酸化炭素ほか)の排出量が減少し始めるとき」を指します。
米国の環境活動家で起業家である著者ポール・ホーケン氏は、ドローダウンというゴールの実現をめざして、100の確実な解決策を特定、評価、モデル化し、2020~2050年の30年間でどれくらいの効果を上げられるか見極めることを目的に「プロジェクト・ドローダウン」を設立。100の方策(温室ガスの放出を抑える方策および吸収する方策)について、70名の研究者が22か国から参加し、データ収集、研究、シミュレーションを実施。さらに、その結果を120名のアドバイザーが再評価し発表しました。
▼ポール・ホーケン氏「プロジェクト・ドローダウン」インタビュー動画
ここで地球温暖化を逆転させる効果が高い100の解決策ランキングの一部をご紹介します。
1位:冷媒(冷却材)のマネジメント
2位:陸上風力発電
3位:食料廃棄(フードロス)の削減
4位:菜食中心の食生活
5位:熱帯雨林の保護
6位:女子教育
7位:家族計画
8位:大規模太陽光発電
9位:林間放牧
10位:屋上太陽光発電
11位:再生農業
地球温暖化と聞くと、再生可能エネルギーへの転換を解決策として思い浮かべる方が多いと思います。もちろん、陸上風力発電・大規模太陽光発電・屋上太陽光発電とそのインパクトは大きいです。
一方、ランキングを見ていただくと、私たちが毎日食べている‟食事”も実は効果的な解決策であることに気づかれるでしょう。3位の食料廃棄を減らすという解決策。それだけで2050年までに705億トンの二酸化炭素を減らし、廃棄にかかるコストを節約でき、食料問題(南北経済格差の問題・自給率)の改善にも良い影響をもたらします。
自分たちが「再生農業(農地とその生態系を保全、回復することを目的とした農業システム)」で作られた作物を食べ、「廃棄される食べ物をできるだけ減らす」。そんな身近な日常の行動と選択が、実は地球温暖化を逆転させる重要な鍵を握っているのです。
これら100の解決策を知り「自分にもできることがあると希望を持てた」「早速コンポストを始めました」「電力会社を変えました」など、具体的に動き始めたという反響をたくさんいただいています。また近年では地球温暖化・気候変動関連の書籍だけではなく、YouTube・SNSなどを通じて、若者や普段本をあまり読まない人たちにも危機感や理解が広まりつつあります。
例えば日本における気候変動研究第一人者である国立環境研究所の江守正多さんのわかりやすい解説を動画でみることができたり、元芸人YouTuberの中田敦彦さんのYouTube大学で異常気象・気候変動を扱った動画の再生回数が130万回を超えるなど、今まではいわゆる‟意識高い系”と呼ばれる層の人たちのみの関心ごとだった地球温暖化の情報が、一般の人たちにも届きやすくなったと言えます。
〇国立環境研究所動画チャンネル
【20分でわかる!温暖化のホント】地球温暖化のリアル圧縮版①
〇中田敦彦YouTube大学
【異常気象と気候変動①】地球に住めなくなる日(Extreme Weather and Climate Change)
コミュニティで取り組む
─コミュニティリーダーを育てる─
では、具体的に取り組む解決策が見つかったあと、自分たちの行動のインパクトを最大化するためにはどうしたらよいのでしょうか。
気候変動など様々な市民活動には、4つのレベルの行動があると言われています(下図)。
私たちが気候変動に関する行動を起こす際、レベル1:個人の行動(エコバッグ、マイボトルを持つなど)と、レベル4:経済・政策・法律(署名するなど)の2つのレベルに行動が集中しがちと言われていますが、実は最もインパクトが大きいのはレベル3:コミュニティ・地域行政での活動と言われています。
レベル3とは、「自分とつながりのある地域・学校・行政・職場など、自分が個人として認識をされる範囲」を指します。
例えば、自分の子どもが通う小学校で太陽光発電の導入を働きかける、自分の職場でLED電球への切り替え・紙のリサイクルに取り組むなど、こういった事例がレベル3の活動といえます。
なぜレベル3の行動がインパクトが大きいかというと、自分の生活を変えるだけでなく、数百・数千の人に影響を与えることができるからです。また、前例となり他の地域・コミュニティへの横展開が可能になること。さらに、現在の仕事を辞めることなく、誰でも副業的に取り組むことができるから、と言われています。コミュニティというと地域活動を想像される方も多いかと思いますが、ここで表しているレベル3は、もちろん企業内での取り組みも想定しています。
会社全体の方針を大きく変えるのはなかなか一朝一夕には難しい。けれど、職場単位・部署単位、あるいは同じ意識を持っている社内のメンバー同士でつながり、自主的に行動を起こすことは可能です。さらに言えば、会社という毎日(ある意味強制的に)集う場所だからこそ、力を発揮できることがたくさんあります。
例えば、以前私が聞かせていただいた衣料品メーカーさんの事例です。ある店舗でゴミのゼロ・ウェイスト(廃棄するゴミをなくす)と分別・コンポストに取り組んだお話を伺いました。この衣料品メーカーさんはもともと環境意識の高い会社さんですが、店舗で働いている一人ひとりの環境意識にはバラツキがあったそうです。いくら店舗での取り組みの必要性・重要性を伝えても、なかなか人々の行動が変わらない。
そこで、意識を変えるという教育活動と同時に、店舗のリーダーの発案でゴミを出す仕組み自体に工夫をし、意識があるなしに関わらず、ゴミを減らさざるを得ない状況を作り出したことにより、自然と全員の行動と結果が変わったとのことでした。
他にもこういった事例はたくさんあります。社内の有志リーダーで希望者を募り、サーキュラーエコノミーについて学び、いずれ政策提言をするグループを立ち上げる。また、そういったリーダーを育成するために、地元のSDGsを実現しようとしている市民活動へ‟プロボノ(職業上のスキルや専門知識を活かして取り組むボランティア活動)”という形で企業の方の参画を後押しする企業も増えています。
そう考えたとき、もちろん個人レベルの活動を啓発・教育していくことも大事ですが、さらにレベル3、コミュニティレベルで取り組んでいくリーダーを育てる、あるいはそういった人々を受け入れる地域コミュニティ・企業内の風土を育んでいくことが重要テーマになっていきます。
実は一見仕事の業績とは結びつかないように感じられるこういったコミュニティレベルの自主的な活動が、個人が自らのリーダーシップやマネジメント力、キャリアを育む場となることが、わかってきているのです。
まず参加してみよう
―仲間をつくり、実践しながら学ぶ―
では温暖化ガス削減・カーボンニュートラル実現のために、具体的にレベル3:コミュニティで起きている市民活動についていくつか事例をご紹介したいと思います。
自分が地球温暖化を逆転するために貢献したいと思っても、いきなり一人で行政・学校に働きかけたり、団体を立ち上げたりするのはハードルが高いと感じる方が多いと思います。そんな時は、すでに積極的に活動をしているコミュニティ・団体を探し、まず参加してみるというところからスタートしてみてください。
あるいは、まず自分の職場内や生活圏の中で有志を募って勉強会や読書会を開く。そこからスタートしてみてもいいでしょう。
一人で考えているよりも、実際に仲間たちと学びながら実践・行動し、伝えていくことで、さらに自分自身の学びが深まり、次の行動へと進んでいくことができます。
〇地球温暖化防止活動推進員
自治体ごとに地球温暖化防止活動推進員を募集していて、学校・地域などへの普及啓発活動を行っています。
〇トランジション・タウン
イギリスで始まった世界的な市民運動です。深刻化する「エネルギーや食料」「気候変動や環境の変化」「格差社会や社会に参加できない人の増加」などの問題に対して、地域住民自らが課題解決に向けて考え、協力し、行動する世界的な市民運動です。日本では2008年に発足し、現在全国100を超える地域でトランジション・タウンが立ち上がっています。
〇ゼロエミッションを実現する会
2050年二酸化炭素排出実質ゼロに取り組むことを表明した地方公共団体が増えてきていますが実現に向けて、「具体的に何をしていくのか」について決まっていない自治体も多いため、地域ごとにチームで選挙時候補者への働きかけ・行政へゼロカーボンシティ宣言の請願書を提出するなどの活動を行っています。
野崎 安澄(のざき あずみ)氏
NPO法人セブン・ジェネレーションズ代表理事
小中高とクリスチャン系の学校に通い、課外授業で聞いた南北の経済格差や環境問題、生物の絶滅などの問題に興味を持つ。
大学では文化人類学を専攻、卒業後リクルートマネジメントソリューションズに入社。
東日本大震災・福島原発事故をきっかけに、子ども達に豊かな自然と地球を残すために活動を始める。
2015年チェンジ・ザ・ドリームシンポジウムに参加したことをきっかけに「全ての人が環境的に持続可能で、社会的に公正で、精神的に充実した世界を実現する」というビジョンに共感し同団体のメンバーに。
オンラインの「ゲームチェンジャー・インテンシブ」コースの日本事業立ち上げ、海外の社会活動家招聘イベント実施などを経て、2019年から代表理事。