『“未”顧客理解
なぜ、「買ってくれる人=顧客」しか見ないのか?』
芹澤 連 著 日経BP
マーケターが当たり前のように親しんできたSTPやペルソナ、CRM、顧客のファン化といったフレームワークや考え方に対して、本書では「未顧客視点」で捉えなおすことの重要性を提起している。例えば、CRMなどに従事するマーケターであれば、ブランドのファンを拡大し、ロイヤル顧客を増やすための施策を日々必死に打ち出している。にもかかわらず、ロイヤル顧客と思っていた顧客がすぐに離反してしまい、原因がわからず四苦八苦した、といった経験があるのではないだろうか。
昨今、CDP(カスタマーデータプラットフォーム)などを用いたデータマーケティングが主流となる中、データさえ見ていれば顧客が理解できていると我々は思いがちである。しかし、現実的にはその中には自社の商品やサービスを知らない・興味がない「未顧客」に関するデータは集まっておらず、自社に興味を持っている一部の顧客しか見えていない。
一方の顔が見えない未顧客について、著者はマーケティングサイエンスという理系の思考法と、心理学・文化人類学という文系の思考法を組み合わせたアプローチによる解釈法を提示している。これまでも筆者は前著『顧客体験マーケティング』において、顧客理解の手法としての「ナラティブアプローチ」を提起してきた。本書ではさらに発展して、未顧客を理解するためのフレームワークである「オルタネイトモデル」や「カテゴリーエントリーポイント」といった実践ですぐ使える武器を紹介している。このフレームワークに落とし込んでいくことによって、一見すると非合理とも思える顧客の行動が実は顧客にとっては非常に合理的であることが理解できるようになる。
これまで定石として信じられてきた様々なマーケティングの手法やフレームワークについて、根底からリフレッシュされるような感覚になる良書である。役職・役割に関わらず、マーケティング実務に関わる全ての人におすすめしたい。
Recommended by
三井住友海上火災保険株式会社 経営企画部部長
CMO CXマーケティングチーム長 木田 浩理
『コトラーのマーケティング5.0
デジタル・テクノロジー時代の革新戦略』
フィリップ・コトラー他2名 著 恩藏 直人 監訳 朝日新聞出版
マーケティングの仕事に就く人は絶対ご存じの「近代マーケティングの父」と呼ばれる著者が、90歳を超えようとする2021年に上梓し、2022年4月に日本語版が出版されました。この著作は『コトラーのマーケティング3.0』、 『4.0』に続く「Marketing X.O(エックスポイントオー)」と呼ばれるシリーズで、当初から三部作といわれていました。各シリーズ世界20数か国で訳され百万部以上も読まれている、マーケター必読書の新定番ともいえます。
インターネットをはじめとした近年のマーケティング環境の変化に呼応して、今後のマーケティングにおける変化の方向性を綿密な研究の蓄積をもとに描き出した書籍です。コトラー教授は近年も積極的に書籍を発表していますが、このシリーズではマーケティング本来の目的や大きな流れについて語っています。
2010年に出版した『3.0』の中では、新しいマーケティングの構成要素として、協働、文化、スピリチュアルという3つのマーケティングを挙げており、SNSを活用する創造的社会においてこそ、精神性が重要であると説いています。2017年の『4.0』ではサブタイトルを「Moving from Traditional to Digital」とし、SNS等のネット社会の普及による影響を描いています。かつてAIDMAとして定着していたカスタマージャーニーの基本が、5A(Aware, Appeal, Ask, Act, Advocate)に刷新されたことは大きなエポックであります。
そして本書『5.0』では『3.0』と『4.0』の総集編として、AI等の新技術を人間中心の考え方でどのように活用していくべきかという観点で論じられています。具体的には、新しいマーケティングを構成する要素をデータドリブン、アジャイル(機敏)という2つの規律と、予測、コンテクスチュアル、拡張という3つのアプリケーションで示されています。「これからのマーケターは各種の新技術に関心を持ち、5Aカスタマージャーニーに基づく適用が大切である」という主張は、すべてのマーケターにとって金言となるものではないでしょうか。
Recommended by
トランスコスモス株式会社
上席常務執行役員 福島 常浩